【百人一首の物語】六十三番「今はただ思ひ絶なむとばかりを人づてならで言ふよしもがな」(左京大夫道雅)

六十三番「今はただお思ひ絶なむとばかりを人づてならで言ふよしもがな」(左京大夫道雅) 左京大夫道雅(藤原道雅)は藤原伊周の長男、五十四番の儀同三司母は祖母にあたります。百人一首を見まわした時、歴史的に先行するはずの前歌の...

【百人一首の物語】六十二番「夜をこめて鳥のそら音ははかるともよに逢坂の関はゆるさじ」(清少納言)

六十二番「夜をこめて鳥のそら音ははかるともよに逢坂の関はゆるさじ」(清少納言) 清少納言とえば五十七番の紫式部とともに平安時代の著名な女房であり、互いのライバル関係が古典的な語り草となっていますよね。しかし、じつのところ...

【百人一首の物語】六十一番「いにしへの奈良の都の八重桜けふ九重ににほひぬるかな 」(伊勢大輔)

六十一番「いにしへの奈良の都の八重桜けふ九重ににほひぬるかな 」(伊勢大輔) 当意即妙の歌のやりとり、和歌のダイナミズムを知れるのは以外にも!? 女房歌人の歌だったりします。百人一首では六十番台前半の小式部内侍と伊勢大輔...

【百人一首の物語】六十番「大江山いく野の道の遠ければまだふみもみず天の橋立」(小式部内侍)

六十番「大江山いく野の道の遠ければまだふみもみず天の橋立」(小式部内侍) いつの時代も、イヤミな男は嫌われますね。歌合せに招かれることになった小式部内侍、そこにある男が現れます。その名は藤原定頼、こいつはご丁寧にも「歌は...

【百人一首の物語】五十九番「やすらはで寝なましものをさ夜ふけてかたぶくまでの月を見しかな」(赤染衛門)

五十九番「やすらはで寝なましものをさ夜ふけてかたぶくまでの月を見しかな」(赤染衛門) あなたが来ないことを知っていたら、ためらわず寝てしまったものを。ほれこのとおり、夜明けの月を見るまで待ってしまいました。和歌で夜明けに...

【百人一首の物語】五十八番「有馬山猪名の篠原かぜ吹けばいでそよ人を忘れやはする」(大弐三位)

五十八番「有馬山猪名の篠原かぜ吹けばいでそよ人を忘れやはする」(大弐三位) 大弐三位は紫式部の娘です。この後のラインナップをみると登場がちょっと早いんじゃないかと思いますが、定家は母の後につづいて娘を配置しました。実はこ...

藤原良経 ~天才貴公子が描く抽象のデカダン~

和歌史における特異点はまちがいなく新古今の時代でしょう。帝王たる後鳥羽院をはじめ、定家、家隆、俊成女、式子内親王など個性的で優れた歌人がわずかな時間、ごく狭い場所で同時に活躍し、和歌を文芸の極みへと昇華させました。天才と...

【百人一首の物語】五十七番「めぐりあひて見しやそれともわかぬまに雲がくれにし夜半の月かな」(紫式部)

五十七番「めぐりあひて見しやそれともわかぬまに雲がくれにし夜半の月かな」(紫式部) 和泉式部を「けしからぬ方」と評した紫式部は、彰子後宮の同僚でした。いわずもがな、紫式部は「源氏物語」の作者でありますが、このような歴史的...

【百人一首の物語】五十六番「あらざらむこの世のほかの思ひ出に今ひとたびの逢ふこともがな」(和泉式部)

五十六番「あらざらむこの世のほかの思ひ出に今ひとたびの逢ふこともがな」(和泉式部) 博識の誉れをほしいままにした公任が絶賛した当代歌人がいます、だれあろう和泉式部です。五十九番の赤染衛門と並び評されることもありますが、後...

【百人一首の物語】五十五番「滝の音は絶えて久しくなりぬれど名こそ流れてなを聞こえけれ」(大納言公任)

五十五番「滝の音は絶えて久しくなりぬれど名こそ流れてなを聞こえけれ」(大納言公任) とっくの昔になくなった滝とその水音、でもその名声は流れ伝わって今も聞こえてくることだ。千載集の詞書でこの滝が「嵯峨大覚寺」の旧跡であった...

【百人一首の物語】五十四番「忘れじの行く末まではかたければ今日をかぎりの命ともがな」(儀同三司母)

五十四番「忘れじの行く末まではかたければ今日をかぎりの命ともがな」(儀同三司母) また恋の歌、そしてまた誰かの母ちゃんの歌です。儀同三司とは准大臣の唐名、その人は「藤原伊周」なのですが、どうでしょう「伊周」って読めました...

【百人一首の物語】五十三番「嘆きつつひとり寝る夜の明くる間はいかに久しきものとかは知る」(右大将道綱母)

五十三番「嘆きつつひとり寝る夜の明くる間はいかに久しきものとかは知る」(右大将道綱母) 恋の歌が続きます、詠み人は「右大将道綱母」あるいは「藤原道綱母」です。と、ここで気になるのが彼女の名前、かの「蜻蛉日記」の作者であり...

【百人一首の物語】五十二番「明けぬれば暮るるものとは知りながらなほ恨めしき朝ぼらけかな」(藤原道信朝臣)

五十二番「明けぬれば暮るるものとは知りながらなほ恨めしき朝ぼらけかな」(藤原道信朝臣) 「夜が明ければ、やがてまた日は暮れる」。これは二番歌の「春が過ぎて、夏が来る」と同じで、しごくあたりまのことを述べただけにすぎません...

【百人一首の物語】五十一番「かくとだにえやはいぶきのさしも草さしもしらじな燃ゆる思ひを」(藤原実方朝臣)

五十一番「かくとだにえやはいぶきのさしも草さしもしらじな燃ゆる思ひを」(藤原実方朝臣) 五十番の藤原義孝は若くして亡くなりましたが、立派な子息を残しています。長子行成は三蹟の一人として知られ、この家系は世尊寺流といって書...

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