歌を詠むとは ~歌道の心得~

歌とはなにか、歌を詠むとはいかなる行為か、この問いに近現代のほとんどの詠み人はこう答えるでしょう。「私の内なる感情の表白」であると。 とした瞬間、歌の良し悪しは「個性」の有無に定められます。自分の心情を赤裸々に告白し、だ...

和歌と平安王朝へのレクイエム、「百人一首(一覧)」の各楽章を知る!

「百人一首」とは歌道をひた歩む歌道家「藤原定家」が、落日の王朝とその文化的支柱たる和歌へ手向けたレクイエムです。  →「百人一首とは、和歌と王朝へのレクイエム」 それは序章の天智、持統天皇、終章の後鳥羽、順徳院に明確な主...

【百人一首の物語】百番「ももしきや古き軒端のしのぶにもなをあまりある昔なりけり」(順徳院)

百番「ももしきや古き軒端のしのぶにもなをあまりある昔なりけり」(順徳院) 百人一首を締めくくる歌人、順徳院。後鳥羽院の第三皇子で父院の多大な影響のもと、和歌をはじめ詩歌管弦また有職故実の研究に心血を注ぎました。その成果の...

【百人一首の物語】九十九番「人も惜し人も恨めしあぢきなく世を思ふゆゑにもの思ふ身は」(後鳥羽院)

九十九番「人も惜し人も恨めしあぢきなく世を思ふゆゑにもの思ふ身は」(後鳥羽院) ついに百人一首も二首を残すのみとなりました。しかしこの二首こそが百人一首を百人一首たらしめる二首であり、後鳥羽院、順徳院がここに置かれていな...

百人一首はなぜつまらないか

百人一首は華やかなる王朝文化を今に伝える屈指のアンソロジー。学校で教わったこともあるでしょうし、お正月にカルタ遊びで触れたこともあるでしょう。和文化が加速的に廃れゆく今、気軽に古典文学に触れられる歌集として、この価値はい...

後鳥羽院 ~お前のものは俺のもの、中世のジャイアン~

後鳥羽院は帝王の中の帝王というような人物です。といっても、この時代の政治権力は実質的に鎌倉の幕府に移っていましたから、院の力は主に「文化」や「スポーツ」活動において発揮されました。 後鳥羽院がハマった文化・スポーツは多岐...

源実朝 ~甘えん坊将軍、鎌倉の海に吠える~

源実朝は若干12歳でその座についた鎌倉幕府の第三代征夷大将軍。父は源頼朝、母は北条政子とまさに武人のサラブレッドのような人なのですが… この記事の音声配信「第25回 アーティスト特集「源実朝」」を Youtubeで聴く ...

【百人一首の物語】九十八番「風そよぐならの小川の夕暮はみそぎぞ夏のしるしなりける」(従二位家隆)

九十八番「風そよぐならの小川の夕暮はみそぎぞ夏のしるしなりける」(従二位家隆) 風で秋を知る、というのは和歌の定石で百人一首では七十一番がこの一手で詠まれています。九十八番はそれを踏まえつつも本意は往く夏を惜しむ心であっ...

【百人一首の物語】九十七番「来ぬ人をまつほの浦の夕なぎに焼くや藻塩の身もこがれつつ」(権中納言定家)

九十七番「来ぬ人をまつほの浦の夕なぎに焼くや藻塩の身もこがれつつ」(権中納言定家) ついに御大の登場、藤原定家です。「新古今集」と「新勅撰集」のふたつの勅撰集の撰者であり、歌人にして正二位で権中納言の高みに昇った大人物、...

【百人一首の物語】九十六番「花さそふ嵐の庭の雪ならでふりゆくものはわが身なりけり」(入道前太政大臣)

九十六番「花さそふ嵐の庭の雪ならでふりゆくものはわが身なりけり」(入道前太政大臣) 「新勅撰和歌集」所収の歌、採られた部は「春」ではなく「雑」なので、主題は古りゆくわが身にあります。 「落花を誘う風が強く吹く庭は、花が雪...

【百人一首の物語】九十五番「おほけなく浮世の民におほふかなわがたつ杣にすみぞめの袖」(前大僧正慈円)

九十五番「おほけなく浮世の民におほふかなわがたつ杣にすみぞめの袖」(前大僧正慈円) 最後にして最高位の坊主、それが慈円です。貴族には官位・位階という整然としたランク分けがありましたが、これは坊さんにもあってそのナンバーワ...

【百人一首の物語】九十四番「み吉野の山の秋風さ夜ふけてふるさと寒く衣うつなり」(参議雅経)

九十四番「み吉野の山の秋風さ夜ふけてふるさと寒く衣うつなり」(参議雅経) 参議雅経は「飛鳥井雅経」です。雅経は多才な人で、和歌では後鳥羽院の和歌所の寄人となって「新古今和歌集」の撰者に加わり、蹴鞠では院に「蹴鞠長者」と称...

【百人一首の物語】九十三番「世の中は常にもがもな渚こぐあまの小舟の綱手かなしも」(鎌倉右大臣)

九十三番「世の中は常にもがもな渚こぐあまの小舟の綱手かなしも」(鎌倉右大臣) 歌の「かなし」は「心が惹かれる」という意味です。これを今の「悲しい」とすると、歌の意味が薄弱となってしまいます。とはいえ渚を漕いでゆく漁師の小...