辞世の歌 その9「夜もすがら契りしことを忘れずは恋ひむ涙の色ぞゆかしき」(藤原定子)

「夜もすがら契りしことを忘れずは恋ひむ涙の色ぞゆかしき」(藤原定子)

藤原定子の人生は浮き沈みの激しいものでした。彼女は中関白家道隆の娘として生まれ、14歳の春に一条天皇に入内します。安寧の時は続かず、定子の兄である伊周が花山法皇を脅迫して射撃する事件を起こし、その結果、定子は思い悩んだ末に世を逃れ出家してしまいます。

それでも定子への愛情深い一条天皇は彼女を再び宮中に参内させ、のちに脩子内親王や敦康親王といった子供たちを授かります。しかしここで新たな障害が生まれます、藤原道長の娘である彰子が中宮となり、皇后の座を奪われてしまうのです(二后併立)。まもなく定子は媄子内親王を出産しますが、悲しいかなその直後に亡くなってしまいました。わずか24歳、産褥死でした。

定子亡き後、政治権力は藤原道長に握られ、中関白家は没落の一途をたどります。実のところ「中関白」という名は摂関独占を確立した道隆の父兼家と弟道長の「中継ぎ」という、なんともむなしい由来であったのです。

「夜もすがら契りしことを忘れずは恋ひむ涙の色ぞゆかしき」(藤原定子)

一晩中、約束したことをお忘れにならないなら、私のためにきっと泣いてくれるでしょう。そんな涙の、色が見たいものです。

定子が約束を交わした相手はもちろん一条天皇です。その内容は永遠かつ無二の愛… 他に考えられません。
あなたと契った「愛」、でもそれを本当に信じていいの? 私は確かめたい! だから私が死んだ後に流してくれるであろう涙で確かめさせてください。

歌中の「涙の色」とはいわゆる「紅涙」のことで、文字どおり悲嘆の末に絞り出される「血の涙」です。定子は一条帝の紅涙によって、二人が交わした「永遠無二の愛」そのまことを確かめようとしたのです。
信じられるものなど何もない世の中で、唯一の希望であった夫の愛情。死してなお、問わずにはいられなかったのか! 「愛」というものに対する、定子の恐るべきそして悲しき執念が詠まれています。

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(書き手:歌僧 内田圓学)

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