「和歌史の断崖を埋める、近世(江戸時代)和歌の本当」第八回 香川景樹の「調(しらべ)論」

定家以来の新古今風をいまだに尊ぶ京都の堂上歌壇、それに対抗する形で、万葉集を掲げて江戸から蜂起した賀茂真淵、さらには堂上歌壇と真淵の双方を批判して、まったく新しい歌論を立てた小沢露案。これまで近世(江戸時代)の和歌史をざ...

「和歌史の断崖を埋める、近世(江戸時代)和歌の本当」第七回 小澤蘆庵の「ただごと歌」

小澤盧庵が唱える歌は、「ただごと歌」というものです。「ただごと歌」という言葉は「古今和歌集」の仮名序に見えて、著者の紀貫之は、「中国の詩には六義の風体があるが、わが国の歌にも同じく六種の体がある」と説明し、「ただごと」と...

「和歌史の断崖を埋める、近世(江戸時代)和歌の本当」第六回 京都歌壇と小澤蘆庵

真淵の事業は江戸においてなされ、門流は諸方に散り、和歌の上では、橘千蔭、村田春海などが、やはり江戸において活躍しました。当時の文化の中心はもちろん江戸でしたし、しかもそこには新興の元気と自由がありました。新風をおこす上で...

「和歌史の断崖を埋める、近世(江戸時代)和歌の本当」第五回 賀茂真淵と万葉集

方便とみた万葉集が目的となってしまったということは、言いかえると万葉集のうちに彼自身を見出したということです。では真淵のみた万葉集の和歌はどういうのであったか。彼は晩年に「歌意考」という歌論を発表しています。これは彼の歌...

「和歌史の断崖を埋める、近世(江戸時代)和歌の本当」第四回 賀茂真淵と古学の勃興

江戸時代の和歌革新に働いた人は多くいるでしょうが、それらの人々を代表する働きをした人は二人、すなわちひとりは「賀茂真淵」、ひとりは「香川景樹」です。この二人の仕事はいかにも際立っていて異論を挟む余地はないものでしょう。 ...

「和歌史の断崖を埋める、近世(江戸時代)和歌の本当」第三回 和歌革新の契機

公家の手のうちのものとなって、今まさに滅びてしまおうとしていた和歌は、江戸時代に甦ります。それは誰あろう、武士という新階級の手によるものでした。 甦ったというのは和歌に新しい解釈を加え、新しい標準を立てて、これを新しい意...

「和歌史の断崖を埋める、近世(江戸時代)和歌の本当」第二回 古今伝授という発明

定家の子孫は連綿として続くには続きましたが、何百年となく精神力の萎縮した状態でのみ生きてきたので、これはという人は出ませんでした。たまにはやや優れた人はあったようですが、祖先には比ぶべくもない程度の人でした。それらの人は...

「和歌史の断崖を埋める! 近世(江戸時代)和歌の本当」第一回 和歌の民衆化

和歌というと万葉集の成った奈良時代から貴族文化華やかかりし平安時代、ちょっと足をつっこんで鎌倉時代のものばかりが語られますが、和歌史を俯瞰すれば江戸時代こそ際やかなる特色をもった時代であったことがわかります。 江戸時代と...