「令和和歌所」とは

集まれ古典文化ファン!

令和和歌所とは百人一首や歴々の勅撰集などの和歌はもちろん、源氏や平家物語をはじめとする古典文学、書や茶など芸道まで広く古典文化が大好きな者同士が集う交流の場です。

ところで現代にこのような如何にも古臭い文芸を嗜む理由はなんでしょうか? 茶道など芸道をやられている方は、その理想を和歌の心に知るでしょう。現代短歌や俳句をやられている方は、その本意を和歌に求められるでしょう。日本の四季、自然を味わう心を育てる、このような助けにももちろん和歌はなります。和歌は現代にも通じる日本文化、思想の礎なのですから。

しかし私としては、和歌を現代のエンターテインメントとして純粋に楽しんで頂きたいのです。同じく和歌や古典を愛する人間同士で集まって、侃侃諤諤、和歌から始まる古典文化を肴に大人の交流を楽しんで頂きたいのです。

江戸中期から明治時代に掛けて、日本には上流層以外にも「文人墨客」が大勢いました。古典に憧憬を寄せ、詩文や書画などの風雅に親しむ人々です。古典は大人の人間が集まって親しくなるための紐帯であったのです。ところが現代、「令和」の出典元こそ万葉集ではありますが、古典教養をもって遊ぶ風流人はほとんどいません。「見渡せば、スマホゲームの花座り」といった様相で、簡易な遊びに孤独に耽る虚しき大人ばかりではありませんか。

わたしたち令和和歌所は文化の斜陽の影暗きこの日本に、和歌という古典文芸をもって、今ひとたびの光明を差し入れんがため活動しています。さあみなさま、一人ひとりが令和の文人墨客を名乗り、ともに風雅の誠を楽しもうではありませんか。

(和歌DJうっちー/内田かつひろ)

「和歌DJうっちー/内田かつひろ」ご紹介

詩歌の変遷と「令和和歌所」が目指す地平

まず下の図表に日本詩歌の変遷をざっくりと整理していますのでご覧ください。
そのうえで、私が理解する要点を以下に三つ挙げます。

詩歌の変遷と「令和和歌所」が目指す地平

・万葉集、古今和歌集から始まった日本の詩歌文芸は、元禄時代の松尾芭蕉によってその道の頂点に到達した(「猿蓑」は俳諧の古今集とも評される)

・明治以後、詩歌文芸は万葉集を理想に仰ぎ「写生」を本分とするようになる。そしてそれは現在まで続く

・古今和歌集を源とする詩歌伝統の本流である「和歌」は長らく空白いや絶滅している

さて、短詩型文学である短歌や俳句はその取っつきやすさから、ピークは過ぎたといえ今も親しんでいる方は大勢いらっしゃいます。
しかし(あくまでも個人的感想であると断っておきますが)、私はこれら現代の短詩型文学にほとんど魅力を感じません。なんとなれば現代短歌は重くて湿っぽい、言うなれば「漬物石」のような重さで共感を求める態度に引いてしまいます。また俳句はそれと正反対に極めて軽い、しかし軽すぎて季語がなければ川柳となんら変わらぬ薄くて筋がない「イカソーメン」。芭蕉が到達した高みとやらはいったいどこに行ったのでしょう?

私が好むのはやはり詩歌伝統の本流「和歌」です。しっかりとした筋も歯ごたえもあり、文芸を愛する者の知的好奇心を十分に満たしてくれます。しかし一方でこの「筋」が硬すぎて、近代人に敬遠されたのも事実。
でも詩歌は進化・発展するのです。なにより私たちは「玉葉集」をそして「芭蕉」を知ってしまった今を生きる日本人です。和歌の「心」は変わらずに、日常の風景を思うまま柔らかく表現することだってできる、いややらなければ貫之はじめ歴々の歌人に顔向け出来ないでしょう。

古典和歌はこれから再び進化します。それは青空を舞う白いカイトのように、優雅に美しく。
私たち令和和歌所は詩歌の高みを今一度目指すことを、ここに宣言します。

(和歌DJうっちー/内田かつひろ)

和歌DJうっちーの作品

秘伝☆古今伝授

四季を味わうルールブック

百人一首の歌人列伝

和歌教室、講演等のご依頼

令和和歌所では「本格的な古典を楽しく遊びつくす!」をテーマに、和歌や古典文化ファンのみなさま誰もが楽しめる歌会、教室(ワークショップ)、企業向け講演などを開催しています。
愛好する古典文学・文芸や憧れの歌人に思いを寄せ、一緒に風雅の誠を探求しましょう♪

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「ラジオ和歌マニア」配信中!

日本文化の王道「和歌」を爆笑エンターテイメントとしてトコトン遊び倒していく番組です。春夏秋冬の「雪月花」や「恋」の話など、ニンマリ笑って、ちょっとタメになる。「和歌DJうっちー」の分かりやすい解説(妄想含む)と日本文化イングリッシュ講師「ろっこ」の鋭い突っ込みでお送りします。

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