雨はるる軒の雫に影みえて菖蒲にすがる夏の夜の月(藤原良経)

いやーやっぱり良経はカッコいい。もちろん貫之や定家もいいけど、彼らは歌の専門家。良経はなんたって従一位で摂政の大貴族だってのにこんな素敵な歌を詠む(そう考えると、後鳥羽院なんて人はなおさらすごい)。
歌の菖蒲は「あやめ」と読む。となると現代人は紫色の花を思い起こすかもしれないが違う、和歌で詠まれる菖蒲(あやめ)は「根菖蒲」なのだ。ちなみに「いずれ菖蒲か杜若」という言葉もあって、本来はさらに詳しい説明すべきだが長くなるので省く。
さて、歌はこれを軒に飾る「軒菖蒲」を詠んだものだ、菖蒲はその強い芳香が邪気を払うとされた。それにすがってみせる、夏の夜の月。上の句から得られる切望感が相まって、声調の美しさとはうらはらに張り詰めた緊迫の情景が歌われている。

(日めくりめく一首)

風わたる田の面の早苗いろさめて入り日残れる丘の松原(光厳院)

『爽やかな風吹きわたり青い早苗がなびく田んぼ、その色は少しずつ落ちていって、夕日が僅かに残る丘の松林』。まるで写真を見るかのような情景繊細な初夏の田園。一目で玉葉・風雅の撰と分かる、見事な写生歌である。
早苗などの田園の風景が盛んに詠まれるようになったのは新しく、だいたい玉葉集あたりからだ。色彩にほとんどの感覚を働かせた京極派が、これを初夏の文学に発見したのである。
京極派は為兼、そして伏見院とその妃永福門院によって起こるが、今日の詠み人光厳院はその伏見院の孫にあたる。彼は持明院統を引き継ぐとともに京極歌風も見事に継承したのだ。「風雅和歌集」は彼と叔父花園院とが深く関り完成させる、光厳院とはまさに風雅の人であった。しかし歴史には恵まれず、北朝の初代天皇となったが、歴代126代天皇には数えられない。

(日めくりめく一首)

忘れめや葵を草にひき結びかりねの野辺の露のあけぼの(式子内親王)

今日までの葵歌でこれが「逢う日」に掛かり、また御神紋である「賀茂神社」と縁が深いことがお分かり頂けただろう。ところで賀茂神社といえば、和歌ファンであれば彼女を思い起こさずにいられない、「式子内親王」だ。
式子は十代の多感な時期をまるっと10年間、賀茂斎院として神に仕えた。退下の後は婚姻しても構わないが、彼女は生涯独身であった。ゆえに式子内親王といえば何やら沈鬱で影の漂う女性のように理解されている、しかしはたしてそうであったか? 実のところ斎院は風雅なサロンであったし、藤原俊成師事して歌に熱烈打ち込んでいる。今日の歌を見よ、暗いどころか目を開けられないくらい眩い。葵を草枕として引き結んで旅寝した野辺の、露のおいた野辺の朝日。それは決して忘れることのない、幸福な少女の青春。初句五文字をもってそれが十分に理解される。

(日めくりめく一首)

古のあふひとびとは咎むともなほそのかみの今日ぞ忘れぬ(藤原実方)

昨日ご紹介したように「葵」は大抵「逢う日」と掛けられる、ゆえにその歌は恋になる傾向が高い。今日も恋の部から、出展は新古今和歌集である。『前に関係した女どもは怒るかもしれんなぁ、でも昔の祭りで出会った女、あいつはまじで別格だった!』。
適訳には歌面に描かれきれていないシーンを加えている、それが「祭」だ。歌には「そのかみの今日」とある。「そのかみ(昔)」は昨日説明したように賀茂神社背後の「其神山」に掛かるが、ことさら強調している「今日」とは「葵祭」その日を指しているのではないか、と私は推測する。葵祭の今日、昔の同じ日に出会った女を思い出して、ムフフと妄想している。詠み人がトラブルメーカーで知られる藤原実方であるから、こんなのもありだろう。

(日めくりめく一首)

名にし負はばそのかみ山の葵草かけて昔を思ひ出でなむ(源実朝)

「葵」は数ある歌語のなかでも含みが多い。今日から数首をかけて、その秘密を解き明かそう。
今日の初句「名にし負わば」は葵に係り、「葵」は「あふひ」と「逢う日」の掛詞になっている。また「そのかみ」には「其神山」と「その昔(かみ)」が掛かる。其神山とは賀茂神社の背後に位置する山であるが、なんでこれが唐突に詠まれるかと言うと賀茂神社が神紋として葵を用いているため、ようするに葵の縁語となっているからだ。これらを整理して適訳は『逢う日という名前と関係深い其神山の葵を掛けるように、心をかけて昔の恋を思い出してほしい』となる。「なむ」は願望と強意の用法が考えられるが、「出で」は未然形と連用形が同じため活用から判断できない、しかし内容からして願望であろう。詠み人は源実朝、「金槐和歌集」の恋から撰んだ。昔の女との復縁を願う歌であろうか? ともかく貫之もびっくりの理知に混んだ歌である。

(日めくりめく一首)

夏草は繁りにけりな玉鉾の道ゆく人も結ぶはかりに(藤原元真)

昨日までは純白の美しい卯の花をご紹介したが、今日は一転して「夏草」の歌である。特に限定したものではないので、ようするに雑草のたぐいである。夏と言えばこれらが繁りに繁り、甚大な繁殖力をもって辺りを制する。この季節に花の歌がわりに少ないのは、草草に埋もれてしまっているせいかもしれない。
さてこのように一見厄介者の夏草であるが、意外なところで役に立つ。何かといえば「目印」だ。道を行く旅人、一歩知らない土地に踏み込めば帰り道など分からなくなる、そのために夏草を結び印としたのだ。しかし歌の世界は風流であるが、はたしてこれが実用に耐えただろうか? 自分と他の夏草の区別がつくだろうか、帰るまでに埋もれやしないだろうか。と、このように野暮に考えては歌は生まれないのである。※ちなみに夏草を結ぶことには、旅の安全祈願の意味もある

(日めくりめく一首)

神祀る宿の卯の花しろたへの御手座かとぞあやまたれける(紀貫之)

今日の詠み人は紀貫之、十八番の見立てであるが少し分かりづらい。それは卯の花に見立てた「御手座」にある。御手座は「みてぐら」と読み神前に供える布・切地を指す、「幣(ぬさ)」と言い換えた方がイメージしやすいかもしれない。この潔白を卯の花に譬えたのだ。紅葉を幣に見立てる歌もあるが四季歌ではなかなか珍しい類だ。それは卯の花が神事と関係することに故する。卯の花はただしく「ウツギ」と称するが、これが「打木」を連想させるのだ。住吉大社では「卯之葉神事」といって、卯の葉を使った玉串を捧げて創立記念日を祝う。
現代では珍しくもなんともないが、平安歌人にとって「白い花」は貴重でありもっとも敬愛すべきものだった。春のそれは「桜」であり、夏と秋は「卯の花」と「萩」そして冬は「雪」がそれを担う。

(日めくりめく一首)

まがふべき月なきころの卯の花は夜さへさらす布かとぞ見る(西行)

昨日の卯の花は夕月夜、ほのかな明かりが残っていた。それが新月であったらどうであろう? 今日の詠み人は西行法師、旅の詩人は夜さへ構わず風雅を求め野山を巡る。もとより人工的な灯りなどない射干玉の闇、月がなければ足取りも止む。しかしどうだ、ここに月明に見まがう光源があるではないか。それは卯の花、真白き花は日に晒した布のごとく新月の闇をさらす。よしこれで、まだ見ぬ深山の桜を求められる! そう言わんばかり、西行は卯の花などただの灯りと役立てるのであった。

(日めくりめく一首)

夕月夜ほのめく影も卯の花の咲けるわたりはさやけかりけり(三条実房)

和歌では白さを讃える場合、同じく白きものと合わせて相乗効果を得るか、夜の闇にあって際立つ様を詠むことが多い。前者は「白菊に置く霜」などが知られるだろう、今日の歌は後者に近い場面でその美しさが詠まれている。
光と闇が交代する夕月夜、その瞬間にひとつ際立って光るものがある、それこそが卯の花であった。結句の「さやけかりけり」は少々説明が過ぎないこともないが、心の吐露であればやむを得ない。今回も採られた千載集らしく声調一流である。

(日めくりめく一首)

雪の色を奪ひて咲ける卯の花に小野の里人冬ごもりすな(藤原公実)

今日から歌群は卯月の由来となった「卯の花」、ようやく夏らしくなってきた。ちなみにこの白い花の正式名称は「ウツギ」である、また豆乳の搾りかすでもない。
さて、今日の歌の見どころは「奪ふ」にある。美しい花の白さは雪から奪ったものだとする、単なる見立てではなく擬人化がされたそれが面白い。さらに花を目にした里人に、誤って冬ごもりするなと結ぶ、まこと採られた金葉集らしいユニークな歌だ。
ところで歌にまったく関係ないが、結句の「すな!」の響きに吉本新喜劇の伝統芸「乳首ドリル」がどうしても想起されてしまい、純粋な鑑賞の邪魔をする。どうしたものか…

(日めくりめく一首)

→「令和の歌合せ(皐月の会)」5/26(日)10:00~12:00