【百人一首の物語】五十八番「有馬山猪名の篠原かぜ吹けばいでそよ人を忘れやはする」(大弐三位)

五十八番「有馬山猪名の篠原かぜ吹けばいでそよ人を忘れやはする」(大弐三位)

大弐三位は紫式部の娘です。この後のラインナップをみると登場がちょっと早いんじゃないかと思いますが、定家は母の後につづいて娘を配置しました。実はこの娘、母にないものを持っています、それは名前です。大弐三位は賢子という名が残り、母の後を継いで彰子(上東門院)の女房として出仕、のちに親仁親王の乳母となりました。通り名の方は親王の即位(後冷泉天皇)に伴い叙されたポジション(三位)によります。大弐三位に名が残るのは、この三位という高い地位のおかげかもしれませんね。

さて大弐三位ですが、その名(賢子)のとおり才気あふれる女性だったようです。百人一首歌などその好例に数えられえますが、少々わかりずらいので解説しましょう。

まず歌が詠まれたシーン、後拾遺集の詞書には「離れ離れになる男のおぼつかなくなど言ひたるに詠める」とあり、最近顔を見せない恋人が探りを入れてきたのでそれに応えたものだとわかります。
内容は「有馬山の猪名の笹原に風が吹くと『そよ』と音を立てるように、『さあ、そのことですよ』私は忘れてなんかいません」となります。『そよ』を導くためのに「猪名の笹原」を持ってきたわけですが、正直わからないですよね? 『そよ』を『そのことですよ』と訳すのが通例なのですが、これが唐突すぎてうまくいかないんです。なのでこの歌は大弐三位になりきって解釈しましょう。

かつて毎晩通ってくれたあなた、なのに今では音信不通、手紙をくれたらすぐに返信するのに、辛すぎる…。そんな折に彼から久しぶりの手紙が来た。『そうよ、それよ! 私が待っていたのは!! 私があなたのこと忘れると思う!? 忘れたのはあなたの方でしょ!』と、こんな感じ。「そよ風」が暴風ぎみになってしまいましたが、じつはそれくらい情熱的な歌なんですよね、この歌は。

(書き手:歌僧 内田圓学)

「百人一首の物語」一覧

和歌の型(基礎)を学び、詠んでみよう!

代表的な古典作品に学び、一人ひとりが伝統的「和歌」を詠めるようになることを目標とした「歌塾」開催中!

季刊誌「和歌文芸」
令和六年冬号(Amazonにて販売中)