七重八重花は咲けども山吹の実のひとつだになきぞかなしき(兼明親王)

「七重八重花は咲けども山吹の実のひとつだになきぞかなしき」(兼明親王)

山吹が詠まれたもので、もっとも人口に膾炙するのが今日の歌だろう。詞書きをみるとある雨の日、蓑を借りたいとう客人に代わりに山吹の枝を持たせた、後日その意を求められて詠んだ歌であるという。山吹の花は七重八重と開くが、実はひとつとなることがない。そう、「実のひとつだになき」とは「蓑ひとつもありません」という意であったのだ。詠み人は兼明親王、醍醐天皇の第十六皇子であるが、さだめて風雅の人だとわかる。

しかしこれよりも有名なのが太田道灌のエピソードではあるまいか、鷹狩りの折、雨に降られた道灌が蓑を借るべく民家に立ち寄ったところ、少女に山吹の花を手渡される。例によってこの意を汲めず、立腹し雨の中を帰ってしまった道灌であったが、その後近臣に山吹の意を諭され己の不勉強を恥じたという。太田道灌が歌に目覚めた瞬間を記し、また彼の人柄をよく伝える秀逸な物語だ。

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