花よいかに春日うららに世はなりて山のかすみに鳥の声々(伏見院 )

『花が咲いて、今日は実に春らしくうららとしている。あぁ、山の霞の奥には鳥たちの囀りが聞こえる』。どうであろう? 私はこの歌を聴くとすご~く幸せな気分になる。昨日の業平とは正反対に、ただただ幸福感に満たされる。 詠み人の伏...

世中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし(在原業平)

咲くまでは、いつ咲くのだろうと気にかかり、咲いてはいつ見に行こうと気にかかり、散ってはいつ散り果ててしまうのかと気にかかる。桜というのはあってありがたいが、これのおかげで不要なストレスを抱かされ続ける、そんな罪深い存在で...

桜咲く遠山鳥のしだり尾のながながし日もあかぬいろかな(後鳥羽院)

『桜が咲いた。遠くの山鳥のしだり尾のように、なが~くなが~く何日も眺めても見飽きないなぁ』。詞書きには「釈阿、和歌所にて九十賀し侍りしをり」とあり、藤原俊成のいっそうの長寿を言祝んだ歌である。しかしこの大らかさは後鳥羽院...

【和歌マニア(第79回)】湘南ビーチFM「わいわい和歌ワンダーランド」第1回

今日は特別編! 逗子の和歌講座が縁で、なんと湘南ビーチFM(78.9MHz)で和歌のお話をさせて頂きました。和歌と短歌の違いや、私が和歌を数寄になった理由そして桜の和歌を少しご紹介しています。あらためて聞き直しましたが、...

ももしきの大宮人はいとまあれや桜かざして今日も暮らしつ(山部赤人)

『宮中の人は暇なんだろうか? 桜を頭に挿してのんびり暮らしている』。なんともゆったりとして、嫌みなくらいに優雅を感じさせる歌だ。作者は山部赤人、赤人は「山柿の門」というように柿本人麻呂と並び称される万葉を代表する歌仙、そ...

山もとの鳥の声々あけそめて花もむらむら色ぞみえゆく(永福門院 )

今日の歌はなんだか新鮮! と感じられる人は和歌ファンであるが、それが百人一首歌に集中している人かもしれない。和歌史的に百人一首の功罪はいろいろあれど、とくに罪深いのが八代集以後の歌、歌人が知られなくなった点だ(百人一首は...

壊すべき古典を、あなたは持っているか?

古典そして伝統とは何か? それは古人によって築かれた原則である。 人間はこれを壊しては創り直してきたが、この爪痕を文化という。 こと日本において、文化がドラスティックに刷新され続けたのが「詩歌」である。 プリミティブな「...

おぼつかないづれの山の峰よりか待たるる花の咲きはじむらむ  (西行)

『ああ、気になる、気になる…。愛しい桜よ、お前はどこの山から咲き始めるのか。近くに見えるこちらの山かもしれない、行ってみようか?? いや、行ったとたんに裏のあちらの山から咲くかもしれないぞ、、。去年はどうだったけかな? ...

いづかたに花咲きぬらむと思ふより四方の山辺に散る心かな(待賢門院堀河)

詠み人の堀河はその名のとおり、待賢門院璋子に仕えた女房歌人である。待賢門院と言えばいわくつきの人だ。養父は白河院、鳥羽院の中宮となり崇徳院そして後白河院の母。あの西行の出家にも関係しているとかいないとか…。さてもそのよう...