平家物語を代表する和歌(源頼政、平忠度、建礼門院)
平安時代に書かれた王朝の恋物語、例えば「源氏物語」や「伊勢物語」にはたくさんの和歌が詠まれていることをご存じでしょう。これらの作品はほとんど歌物語といった構成で、和歌がなければ物語自体が成り立たないほど重要な位置を占めて...
平安時代に書かれた王朝の恋物語、例えば「源氏物語」や「伊勢物語」にはたくさんの和歌が詠まれていることをご存じでしょう。これらの作品はほとんど歌物語といった構成で、和歌がなければ物語自体が成り立たないほど重要な位置を占めて...
今日も西行の月、詞書には「八月十五夜」とあり真打登場といった感じだ。『秋はただ八月十五夜を言う名であった、月はいつもと同じ空に澄んで(住んで)いるのだけれども』。和歌で秋といえば、七草にはじまり虫の音、紅葉などなど様々な...
漂泊の歌人、西行がこと花と月とに心を尽くしたことは「願わくば※1」の絶唱からもよく分かる。ただ花が純然たる花であったのに対し、月はそれに収まらない。『面影にあなたの姿を浮かべてしまってから、だしぬけに月は曇ってしまった』...
今日の歌がいかに素晴らしいか、昨日の慈円と比較すれば理解が早い。『どんなにか嬉しいだろう、秋の夜の月が澄んだ空に雲がなかったら』、適訳以上の真意はこの歌に全くない。ともかく秋の月の様を隈なく眺めていたいという慕情の一途た...
秋の月、この同一のモチーフをいくつか鑑賞することで、図らずも歌人の個性というものを感じてきた。和歌とは極めて類型的でごく僅少の詩文である、しかし必ずそこに人間性が宿るから不思議だ。今日の詠み人は慈円、百人一首の坊主歌でも...
昨日、一昨日と歌人の個性が見事に光った月であったが、今日もそうであろうか? 紛いなりにも源実朝は、鎌倉幕府第三代将軍であった。しかしその座に就いたのは十一歳のころ、もちろん大人に担がれた飾りである。父頼朝は謎の変死、兄頼...
会の概要 和歌を詠んで書く。これこそが伝統的な日本文化の真髄であり、わび茶も凌駕する総合芸術です。 「和歌」とは四季折々の自然そして古の歌人と心が通じたときに漏れるため息。この刹那の感動をかろうじて留めようという行為が「...
今日の詠み人は永福門院。何気ない日常の風景も、ひとたび彼女にカットされれば見たこともない多様な色彩が潜んでいたことに気づかされる。しかし今日の歌はどうだろう、月と雲の馴染みが悪くいつも見られた繊細な色合いが浮き出てこない...
昨日のがいかにも定家だとしたら、今日のはいかにも貫之だ。『着物の袖は寒くないけど、月の光は積もらない秋の雪のように見える』。白々とした月明かりを雪に見立てる古今的常套句、「衣手は寒くあらねど」という理知的発想が甚だわざと...
謎の怪人「ワカマーニ」は忘れたころにやって来る! 秋風に吹かれトレッキング中のろっこを謎の老婆が襲う!? 今回は文屋康秀の「吹くからに…」からの出題、あなたはこの謎が解けるか!? 和歌の型(基礎)を学び、詠んでみよう! ...
『筵を敷いて待つ夜は更けて風も冷たい、月を慰めに独り寝する宇治の橋姫』。これぞまさに定家というような妖艶な一首だ。言うまでもなく歌は「橋姫伝説」を下敷きにしている、嫉妬に狂った女が鬼になる話を聞いたことがあるだろう。しか...
『明日もまた来よう! 野路の玉川に。萩の花を越えて色が付いた川の波に月が写っている』。作者は源俊頼、「水上月」という題で詠んだ一首が千載集に採られた。昨日の家隆と趣向が似ているが、あちらは「湖辺月」という題で詠まれたもの...
お金、モノそして人間関係から離れて「自由」に生きたいと考える人は少なくありません。例えば芭蕉そして西行、彼らのように世を捨てて花鳥風月を友とし、美に生きる人生は理想のひとつです。 しかし発展途上の半ばにあった70年代の日...
月の美しさはこのようにも表現できるのか、藤原家隆である。月の光が色づく、これだけでも耳をくすぐる描写であるが、それが浪の花つまり白浪に映り、その色に秋を見つける。風景を鮮やかに移しながら、その残像を重ねて描く幽玄の世界。...