古今和歌集 恋歌残酷物語 その20「禁断の逢瀬」

633 「忍ぶれと恋しき時はあしひきの 山より月のいててこそくれ」(貫之)
634 「恋こひてまれにこよひそ相坂の ゆふつけ鳥はなかすもあらなむ」(よみ人しらす)

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恐ろしくも走り始めた禁断の恋

あの人は兄の婚約者

だからなんだと言うのだ

一度逢瀬を遂げた恋を

だれが止めることをできよう

これは月が山の端から出てくるように

ごく自然のなりゆき

どうせ幾夜も逢えないのだ

逢坂のゆふつけ鳥よ

どうか今夜は鳴かないでおくれ

(書き手:和歌DJうっちー)
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古今和歌集 恋歌残酷物語 その19「逢いたい」

626 「逢ふ事のなきさにしよる浪なれは うらみてのみそ立帰りける」(在原元方)
632 「人しれぬわかかよひちの関守は 宵よひことにうちもねななむ」(業平)

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真夏の夜の暑さがそうさせたのか

ついに私は行動を起こす

あの人を奪うため

逢えるまでは何度も通ってやる

そう、渚による波のように何度でも何度でも

だからどうか、あの人の関守よ

この恋路を邪魔しないでくれ

もう後戻りできないのだ

(書き手:和歌DJうっちー)
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古今和歌集 恋歌残酷物語 その18「天の川」

612 「我のみそ 悲しかりける 彦星も 逢はて過くせる 年しなけれは」(凡河内躬恒)
617 「つれつれの なかめにまさる 涙河 袖のみ濡れて 逢ふよしもなし」(敏行朝臣)

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七月七日

彦星と織姫は今月今夜

一年に一度の逢瀬を遂げるという

彦星がうらやましい

私の天の川は涙にあふれ

涙の河となり果てた

濡れるばかりで

幾光年経ど

逢うことは叶わない

(書き手:和歌DJうっちー)
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古今和歌集 恋歌残酷物語 その17「恋の弓ひく」

古今和歌集 恋二【605】「手もふれて月日へにけるしらま弓 おきふしよるはいこそねられね」(貫之)
古今和歌集 恋二【610】「梓弓ひけは本末わか方に よるこそまされこひの心は」(列樹)

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梓弓(あずまゆみ)

思いを寄せる

今夜もひとり

白真弓(しらまゆみ)

心を射抜き

共寝できたら

(書き手:和歌DJうっちー)
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和歌の入門教室 特別編 「古今和歌集 四季の景物一覧表」

古今和歌集の四季歌(春夏秋冬)で登場する主要な景物をリストアップし、詠み出し順に並べました。
これで四季の変化を表する対象とその流れが一目瞭然です。
また「花」「気象」「鳥獣」に分類しているので、歌を詠む際に「霧に紛れる鶯」といった取合せの間違いを犯すこともありません。

それにしても、「秋」には突出した多様性がありますね。
源氏物語に「春秋争い」(春と秋はどちらが素晴らしいか、その代名詞とされる紫の上と秋好中宮が競い合う)の場面がありますが、古今和歌集の景物数を仮に美の対象数とすると、「秋」に軍閥が上がりそうです。

季節

気象

鳥獣
【春】
白梅
紅梅
若菜
青柳


山吹



春雨

春霞
白雲

百千鳥
呼子鳥
(帰)雁
【夏】
花橘
卯の花

常夏
五月雨 郭公
【秋】 早苗
紅葉
秋萩
忍草

紅葉
女郎花
藤袴
花薄
大和撫子
月草
草木
木の葉


白菊
河風
初風
秋風


白露
秋霧

朝露

時雨
秋露

山おろしの風


きりぎりす
鈴虫
松虫

稲負鳥
鹿
【冬】


冬草



白雪

(書き手:和歌DJうっちー)

古今和歌集 恋歌残酷物語 その16「純心」

古今和歌集 恋二【601】「風ふけは峰にわかるる白雲の たえてつれなき君か心か」(壬生忠峯)
古今和歌集 恋二【602】「月影にわか身をかふる物ならは つれなき人もあはれとや見む」(壬生忠峯)

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峰に引き裂かれる、白雲の嘆き

思い描くことさえ、貪汚(たんお)の咎

ああ、天井の月影よ

その真澄な光があれば

この純潔が伝わるだろか

(書き手:和歌DJうっちー)
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VISUAL書句(SHOCK)「うぐひす」

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東風のいろ

 漏れる溜息

  春はきぬ

   凍れる刃

    今ぞ溶けぬる

霞立ち

 闇にまがへる

  横顔に

   触れる切先

    かすかな匂い

輝ける

 花に手向ける

  エメラルド

   涙に宿す

    狂気の愛

移りゆく

 無残な乙女

  薄紅の

   命を奪い

    蒼空を舞う

作:KATSUHIRO
題:VISUAL書句(SHOCK)「うぐひす」
「VISUAL書句(SHOCK)」とは 

古今和歌集 恋歌残酷物語 その15「孤独」

古今和歌集 恋二【583】「秋の野にみたれてさける花の色の ちくさに物を思ふころかな」(紀貫之)
古今和歌集 恋二【584】「ひとりして物をおもへは秋の夜の いなはのそよといふ人のなき」(凡河内躬恒)
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秋風が身にしみる

悶々とする気持ちはまるで、秋の野に乱れ咲く花々のようだ

しかし、こやつらはまだいい

すぐ傍に悲しみを分かちあえる友がいるのだから

私は孤独だ

慰め声を掛けてくれる友などいない

(書き手:和歌DJうっちー)
→関連記事「5分でわかる恋歌の全て ~古今和歌集 恋歌残酷物語(総集編)~
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今は「和歌」を詠めない時代か?

現代において「和歌」は詠むどころか、その単語自体を耳にすることも皆無です。
もしかして「和歌」は文化の絶滅危惧種ではなく、既に絶滅してしまったのでしょうか?
なにせ宮内庁で行われる伝統的な「歌会」においても、歌は「短歌」と記されているくらいですから。

念のため、何度もしつこいようですが「和歌」と「短歌」は180度異なるものです。
明治期になって「和歌」から「短歌」に変わった、というような解説は全くデタラメだと言っていいでしょう。
「短歌」は「和歌」に対するアンチテーゼから、カウンターとして発生したものなのです。その本質が相容れるはずもありません。

「手弱女」vs「益荒男」
「優雅」vs「平俗」
「印象」vs「写実」
「客観」vs「主観」…

とにもかくにも、反発し合う関係です。

そしてこの勝負、「短歌」の方に軍閥が上がりました。
明治という、急進的に欧米化を進めた時代も後押ししたのでしょう。
ただ不思議なのはその潮流が現代も続いていることです。

なぜでしょう。
人々は「優雅」を必要としなくなったのでしょうか?
そうは思えません。

であるとしたら、一つの仮説が浮かびます。
現代は和歌に歌う「自然」を失った、のではないか?

ビルが群生する都市に住む我々にとって、春を告げる「鶯」や秋の憂いを誘う「雁」などの景物を普段目にすることはありません。
季節の変化を知るのは、さしずめ「温度」と「イベント」といったところです。
これでは「和歌」を詠めなくて当然かもしれません。

しかし、殊更に嘆くことはないのです!
「歌人は歌枕によって名所を知る」という言葉があります。
平安歌人も屏風絵や庭園など作り物や創造の風景によって歌を詠んでいたのです。
平安京という大都市に住んでいながら、噂に聞く「逢坂の関」「吉野の桜」「富士の煙」を歌にしていたのだから、我々との感覚に大差はないのです。

そして、春には「桜」、秋には「月」が変わらずあり続けている。
これで十分、平安歌人と繋がっているではありませんか。

結論、やはり今でも耽美を求める「和歌」は詠めるのです。

(書き手:和歌DJうっちー)

→秋の和歌文化祭 11/10(日)9:30~16:30