和歌における恋のテーマ・歌題その4「後朝恋(きぬぎぬのこひ)」

「後朝恋(きぬぎぬのこひ)」は極めて和歌らしい歌題です。当時の恋愛はいわゆる「通い婚」が基本で、夜になると男が女の家を訪ね、翌朝になると男は自分の家へ帰るのでした。夜の間は男女二人の衣服を重ね掛けて共寝をしたのが、翌朝各々の衣服を着て別れることから「衣衣(きぬぎぬ)の別れ」と言われるようになり、それが転じて朝の別れ自体を「後朝(きぬぎぬ)」と言うようになったのです。
すなわち「後朝恋」の歌は、“男女の朝の別れ”という極めて限定的なシチュエーションが詠まれた歌であり、用いられる言葉も「暁」・「しののめ」・「朝(あした)」・「今朝」・「明く」・「(朝)露」・「帰る」・「別れ」・「おく(露が置く・起く)」などが主になります。

それではよく知られる「後朝恋」の歌をご紹介しましょう。

『古今集』恋三

題しらず
「しののめのほがらほがらとあけゆけばおのがきぬぎぬなるぞかなしき」(よみ人しらず)
=明け方の空が晴れ晴れと明けて行くと、各々が着物を着て別れるのが悲しい ※この歌での「しののめ」は空が明るくなっていく暁の後半の時間帯(午前五時ごろ)であると考えられる

「あけぬとて今はの心つくからになどいひしらぬ思ひそふらむ」(藤原国経)
=夜が明けたということで、もうお別れだという気持ちになるやいなや、どうして言い表しようもない思いが加わるのであろうか ※「明けぬ」というのは、この歌と次の歌でも日付が変わった(午前三時になった)という意味であると思われる。恋人同士の別れる時間である

寛平御時きさいの宮の歌合のうた  
「あけぬとてかへる道にはこきたれて雨も涙もふりそほちつつ」(藤原敏行)
=夜が明けたということで帰る道には、幾度も、花や実をしごき落とすように雨も涙も降り、びっしょり濡れてしまう

題しらず       
「しののめの別ををしみ我ぞまづ鳥よりさきになきはじめつる」(竉)
=夜明け方の別れを惜しんで、私の方が鶏よりさきに泣き始めてしまった ※この歌での「しののめ」は恋人同士の別れの時間帯である暁前半(午前三~四時ごろ)を指すと思われる。

「ほととぎす夢かうつつかあさつゆのおきて別れし暁のこゑ」(よみ人しらず)
=ほととぎすよ。夢だったのか現実だったのか。朝露が置く明け方に起きてあの人と別れた時に聞いたあの暁の声は

『かげろふ日記』

また、三日ばかりの朝(あした)に、
「しののめにおきけるそらはおもほえであやしく露と消えかへりつる」
かへし、
「さだめなく消えかへりつる露よりもそらだのめするわれはなになり」

『堀河百首』後朝恋

「いかだしの小川をくだすみなれざをあげつるままに暮をまつかな」(匡房)
=筏師が筏を小川に下す棹をあげる…… 明けたらずっと日が暮れることを待っているよ

「かへるさの朝露しげき衣手はひるままつべき心ちこそせね」(師頼)
=帰るときの朝露(涙)の多い袖が乾くことと昼間を待っているはずの気持ちにはならない

「恋しさに我が身ぞはやく消えぬべき何朝露のおきてきつらん」(顕季)
=(君への)恋しさに私はきっと早く消えてしまう。なぜ朝露が置いて、私が起きて(帰って)きたのだろうか

「とへかしな誰もさぞとはしりぬらんけさしもしぬる心よわさは」(俊頼)
=尋ねておくれ。誰もそうだとは知っているだろうか。今朝でも死んでしまう心弱さは

「今朝まではほどやはへぬる程へぬとまたこは如何に見まくほしきぞ」(基俊)
=今朝までは時間が経ってきたのか。時間が経ったとなると、どれだけまた(君を)見たくなるのだろう

「あひみてのあしたの恋にくらぶれば待ちし月日は何ならぬかな」(紀伊)
=(君と)会った翌朝の恋しい気持ちと比べると、(会うことを)待っていた月日は何でもなかったのだよ

「昨日まで歎きし事は数ならでけさこそものはおもふなりけれ」(河内)
=昨日まで嘆いていたことは数にもならなくて、今朝こそいちばん物思いにふけっているのだな

『金葉集』恋上

後朝恋の心をよめる 
「つらかりし心ならひにあひ見てもなほゆめかとぞうたがはれける」(源行宗朝臣)
=薄情であった(君の)普段の心だったので、会った後も、(実際に会ったのが)夢だったかと疑われるのだな

『千載集』恋三

右大臣に侍りける時、百首歌人人によませ侍りける時、後朝恋の歌とてよみ侍りける
「かへりつるなごりのそらをながむればなぐさめがたき有明の月」(摂政前右大臣 )
=(あなたが)帰った後、空を眺めると、慰めがたい有明の月(のような私が残っている)※男を送った女性の気持ちを詠んだ歌

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