現代に「和歌」を詠む意味とは?

近年、「令和の短歌ブーム」だそうです。ある記事には『若い世代がポップな言葉で自ら歌を詠み、SNSに投稿する人が増加』と書いてありました。しかし、これはあくまでも「短歌」であって、「和歌」は変わらず『埋もれ木の人知れぬこととなりて』という状況です。

→「比べてわかる和歌と短歌の違い!

こんな現代に、あえて伝統的な「和歌」を詠む意味はあるのでしょうか? 日本の伝統文化・工芸の世界においては、それを受け継ぐ現代の担い手はこのように語るでしょう、「伝統の技を受け継ぎ、現代風に新しくアレンジするのだ」と。わたしはこのような表明の裏に、伝統は伝統のままではだめで、時代にあわせて新しくする必要があるという、近代の「進歩主義」の弊害を見ます。

実のところ中古の歌人においても「新しい歌を作らねば」、という焦燥感に満ちた歌人はいました。

事にのぞみて思ひを述ぶるにつけても、詠み残したる節もなく、つづけもらせる詞もみえず。いかにしてかは、末の世の人の、めづらしき様にもとりなすべき
(俊頼髄脳)

しかし「新しさ」なんてのは「和歌」の本質ではないのです。それにはじめて気づいたのが藤原俊成そして定家という、平安末期から鎌倉初頭にかけて活躍した歌人でした。彼らはいわば和歌史における「古典主義」をはじめて打ち立て、「古今和歌集」こそが和歌の聖典であると標榜し、これを仰ぎ信じて歌を詠めば、おのずと秀れた歌が生まれるのだと主張しました。

明治この方の近代は「進歩」こそが善とされ、わたしたちは当たり前に『今日より明日はもっと良くなる』と信じて疑いません。その点、過去に執着する古典主義なんてのは愚かな考えで、古典中の古典たる「古今和歌集」なんてのは極めて『くだらぬ集』だなんて無邪気な言説が表れてくるのです。

→「歌よみに与ふる書(青空文庫)

しかし俊成や定家が打ち出した「古典主義」は、たんに『古いものを尊ぶ』という思想ではありません。彼らは古代歌謡(記紀歌謡や万葉集)にはじまり上・中古の数多の歌集や物語、さらに白氏文集など漢詩集など含め真砂の数ほどの文献を見渡し、その結果として初代勅撰集である「古今和歌集」を慕えと説いたのです。

では「古今和歌集」にはなにがあるのか? それは「もとのこころ」です、「もとのこころ」すなわち万物の「美的本性」です。ここで大前提ですが、「和歌」とは「美」を追求する文芸です。

→「和歌とは? 『美を志向する、大和の音楽(みんなで仲むつまじく)』である

「古今和歌集」は歌の善し悪しが厳選された歌集であるので、この集は「もとのこころ」の結晶である、普遍的な美が示された歌集である。だから「古今和歌集」を一途に仰ぎ信じれば、和歌の、やまと(日本)の美を体得することができる! このように俊成らは和歌の聖典として「古今和歌集」を捉えたのです。

その後、延喜聖の帝の御時紀友則・紀貫之・凡河内躬恒・壬生忠岑などいふ者ども、この道に深かりけるを聞こし召して、勅撰あるべしとて、古今集は撰び奉らしめ給ひけるなり。この集の頃ほひよりぞ、歌の善き悪しきも、撰び定められたれば、歌の本体には、ただ古今集を仰ぎ信ずべき事なり
(古来風体抄 上)

「現代短歌」の目的はいわば「自我の発露」です。そこで「良い歌」とは「他人が詠めない、自分にしか詠めない個性的な歌」となります。

※「短歌」における新しさの追求は、俗語・口語体の導入、句割り・句またがりといった破調、その次は… もはや三十一文字を放棄するしかありませんね

しかし「和歌」は違います。何度も申し上げますが、「和歌」の目的は「美」の追求です。ですから詠むべき対象も、表現する詞(韻律)もすでに厳選されています(これを規定したのが古今集だということです)。ですから「和歌」における「良い歌」とは、美しい歌であり、それが古いか新しいかなんてことはまったく関係ないのです。

※わたしはここに「和歌」は文芸ではなく「道」、すなわち「歌道」であると考えるところです

さて、ここまで熱弁してきましたが、実のところ「和歌」における美の有無は、良い歌の出発点にすぎません。俊成は「美」にもさまざま形態があるとして「幽玄」、「艶」、「優」といった評価を行い、なおかつここに詠み人自身の深い沈静の心を求めたのです。つまり『古典に倣え』と言っても旧歌の模倣では許されず、ここに「和歌」の難しさ、詠みごたえといった意義が見いだせるのです。

※この意味で、本当に素晴らしい詠み人が「西行」であると理解できます。事実、「新古今和歌集」には西行の歌が最多94首採られました

現代における「和歌」を詠む意味がおわかりいただけでしょうか。それは「美の本性」と向き合い、みずからの心を通わせ耽溺し、まことの「美」を見つけることなのです。

(書き手:歌僧 内田圓学)

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