今こそ、和歌を楽しもう!

和歌とは現代短歌、俳句の元となった日本の伝統的な詩歌の総称です。
本来、万葉集に見られるように、伝統的な詩歌には長歌、旋頭歌そして短歌といった複数の形式が存在しました。それが次第に三十一文字(五・七・五・七・七)の短歌のみが好まれるようになり、905年に編纂された初代勅撰集「古今和歌集」になると、採られた歌のほとんどが短歌となります。
では古今“短歌集”でもよかったんじゃないか? とも思えますが、ここであえて“和歌集”としたのには理由があります。それは漢詩への対抗です。万葉集から古今集に至るあいだ、宮中は漢風文化が席巻していました。勅撰漢詩集は三つも編纂されるほどです。ここに日本人のアイデンティティを示す意味合いで、時の天皇は「和歌」を打ち立てたのです。古今和歌集が自国文化いわゆる国風文化の発端であり、日本文化のスタート地点にあることをお分かりいただけるでしょう。
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見ぬひとによそへてみつる梅の花散りなむのちのなぐさめぞなき(藤原定頼)

親父がすごければ、二世もすごいとはならないが世の中だ。偉大なる古典を遺した公任と違って、その長子定頼が残したものはチャラ男のお戯れエピソードにすぎない。とくに知れ渡っているのが百人一首の六十番「大江山※」、とまでいえば説明は不要であろう。小式部内侍にピシャリとやられたのがこの定頼なのだ。でもって、今日の歌もそれに通じる。相手は大弐三位、母はあの紫式部だ。『最近来てくれないから、あなたの代りとして梅の花を眺めていました。これが散ってしまったら絶望しちゃうなぁボク』と、甘えてみせる。対する女の返事やいかに!? これは明日のお楽しみということで。しかし本来、男が女に通うのが道理のはず。もしや「たえだえにあらはれわたる※」先方の母上の影にビビってしまったのだろうか?

※「大江山いくのの道の遠ければまだふみもみず天橋立」(小式部内侍)
※「朝ぼらけ宇治の川霧たえだえにあらはれわたる瀬々の網代木」(藤原定頼)

(日めくりめく一首)

わが宿の梅の盛りにくる人は驚くばかり袖ぞ匂ほへる(藤原公任)

今日の詠みびと藤原公任、彼は平安時代中期を代表する文化人である。拾遺和歌集の元となった「拾遺抄」、後に三十六歌仙として知られる「三十六人撰」を編纂。後世の日本文化に多大な影響を与えた、和歌と漢詩(適句)のコラボ撰集「和漢朗詠集」も彼の手によるものだ。大鏡にも載る「三舟の才」のエピソードからは、帝王道長をして、文化・教養において公任に勝る者はおらぬといわしめんばかり。しかし、それがそのまま詠歌の“センス”とイコールとはならない。
本日の歌をご覧いただきたい。香りの強さを伝えんがために「驚くばかり匂ほえる」とは、あまりに露骨ではないだろうか。またくだんの三舟における歌は「小倉山嵐の風の寒ければ紅葉の錦着ぬ人ぞなき 」と、得意満面ドヤ顔で詠んだ歌にしては、見立は常套的で拍手喝采とはいたしかねる。

(日めくりめく一首)

藤原家隆 ~和歌の最難関、家隆を攻略せよ!~

非凡であるのに、同世代に大スターがいるために目立たなかった残念な人っていますよね。スポーツ選手にせよ、ミュージシャンにせよ。
それを伝統歌人でいうと、貫之の陰に隠れた凡河内躬恒であったり、今回取り上げる藤原家隆だったりします。
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春の夜のやみはあやなし梅の花色こそ見えね香やはかくるる(凡河内躬恒)

日本の春を飾る花、「梅」と「桜」。和歌において、このふたつの詠み方は似ているようでまったく違う。その端的な表れが「香り」だ、梅はこれをひとしきり詠むが、桜はほとんどそうしない。なかでも今日の歌は香りの印象がバツグンだ。『春の夜の闇はむだなことをするね。姿は隠せても、香りまで隠しきれると思ったのかい?』。もはや花の姿かたちなんでどうでもよく、匂いさえ堪能できれば十分と言わんばかり。詠み人の凡河内躬恒といえば百人一首にも採られた「初霜の置き惑わせる白菊の花※」でも分るが、当時の歌人としては五感が優れて先鋭化している。

※「心あてに折らばやおらむ初霜のをきまどはせる白菊の花」(凡河内躬恒)

(日めくりめく一首)

ひとり寝る草の枕のうつり香は垣根の梅のにほひなりけり(西行)

「枕に残る、梅の移り香」。ここだけを切り取ると妖艶な後朝(きぬぎぬ)の歌ように思える。しかし事実は、相手を欠いたわびしいひとり寝。梅の香りは、主も知らぬ垣根の花の匂いが移った故であった。詠み人は西行、言わずと知れた流浪の歌人だ。恋の匂いを漂わせつつ、野宿のあはれを歌う。実感であるかもしれないが、もしかしたら俳諧を狙ったのかもしれない。いずれにせよ、平安歌人でこんな歌がきまるのは西行しかいない。所収は「山家集」。西行は桜をこのうえなく愛したが、この歌集には同じように慕情を寄せる梅の花がいくつも残されている。

(日めくりめく一首)

人はいさ心もしらずふるさとは花ぞむかしの香ににほひける(紀貫之)

『あなたの心は分からないけれど、花は昔と同じに香っている』。百人一首にも採られた、和歌ファンであれば誰もが知る歌である。和歌でたんに「花」とすれば通例で「桜」を指すが、ここでは香りが詠まれているので「梅」となる。初句に置いた「人はいさ」が軽みを生じ、技巧的ではないが貫之らしい既知にとんだ歌になっている。詞書をみると、どうやら詠みかけた相手とは親しい間柄らしい。古来、これを男とみるか、女とみるか意見は分かれているようだが、やはり女としなければ情趣が湧いてこない。貫之は職業歌人として幾首もの恋歌を詠んでいるが、このように実感を含んだ歌は珍しい。そういった意味でも、この歌に艶のある梅の園を思い描きたい。

(日めくりめく一首)

【和歌マニア(第76回)】★和歌で星よみ★ 第5回「獅子座」

ろっこが十二星座にピッタリの歌(歌人)を月イチで紹介する和歌で星よみ! 今回は獅子座です。獅子座は目立ちたがり屋で太陽のようなイメージ。そんな明るい歌人いる? いました!その名も大納言「藤原公任」。有名な「三舟の才」のエピソードとともにご紹介します。

梅がえに心もゆきて重なるを知らで人のとへといふらん(源俊頼)

俊頼は白梅の「折り枝」を受け取った、ウブな誘い文句をいじらしく思う。『梅の枝に重なる「雪」のように、私のこころはあなたのもとは「行(ゆ)き」、いくえにも重なっていることを知らないのですか?』。男は自分の愛情の方がまさっていると、熱烈なラブメッセージで応酬した。
昨日に続いてもう一度言おう、これは藤原俊忠と源俊頼というオッサン同士の贈答歌なのである。親しさをとおり越して、なんだか怪しい。それにしても、である。俊頼といえば金葉集の編纂を成した当代一の歌人。一方の俊忠も俊成、定家の祖であるから推して知るべし。この有力歌人同士の睦まじさに、和歌とはごくごく狭い世界で育まれてきたのだと、つくづく実感する。

(日めくりめく一首)

咲きそむる梅のたちえにふる雪のかさなる数をとへとこそおもへ(藤原俊忠)

今日の詠み人、藤原俊忠の名を知る人はそう多くないだろう。彼の子は千載集の選者となり、孫は新古今と新勅撰二代の勅撰集の編纂を賜った。そう、藤原俊成の父であり定家の祖父であったのがだれあろう、この俊忠なのだ。『咲き初めた梅に降る白雪。その重なる数ほどの、あなたの訪れをまっています』なんと健気な女心…。と、ちょっとまて。言うまでもないが、俊忠は男である。オッサンの待つ恋とはいかなるものか? 実はこれ、詞書にはある男に贈った歌とある、その男の名は源俊頼。ようするに「恋」ならぬ、俺んちの梅を見に「来い」というインビテーションだったのである。当代きっての歌人による、風雅な春の贈答歌。俊忠はさらに、自宅の梅の枝を折って付けたというからこころにくい。

(日めくりめく一首)

→「わくわく和歌ワークショップ(葉月の会)」8/25(日)9:50~11:50