穢れと美学の攻防、古今集の哀傷歌を知る

古今集をはじめとする歴代の勅撰和歌集は四季歌と恋歌を二大テーマに据え、これらを時間的推移によって整然と配置していることが最大の特徴です。しかしこの「美学」が歌集ごと隅々まで行き渡っているかというと、実のところそうはなって...

「歌会始の詠進鑑賞」佳子内親王 ~その作風と題詠のポイント~

前回の眞子内親王につづき、今回は佳子内親王が歌会始で詠まれたお歌を鑑賞してみましょう。佳子内親王は二十七年の詠進を手始めに、令和二年現在、計五首の短歌が宮内庁のWEBサイトで拝見できます。 →「歌会始 お題一覧」 平成二...

「歌会始の詠進鑑賞」眞子内親王 ~作風の変化と望月の兎~

毎年恒例の「歌会始の儀」ですが、令和二年は例年にない盛り上がりが一部でありました。何かといえば「眞子内親王殿下」の短歌です。その内容が、成就叶わぬフィアンセを詠んだとか詠んでないとかで、ゴシップのネタにされたのです。 真...

小野小町 ~日本的、恋愛観のルーツ~

小野小町は九世紀に活躍した女房歌人。紀貫之による古今和歌集の仮名序では「六歌仙」という名誉ある歌人に選出され、平安の女流ではおそらく最も名の通った人物かと思います。 しかし小町は歌よりもその風貌で記憶されているのではない...

和歌の本性「一期一会と悪あがきの爪痕」

和歌とは「一期一会」の感動、それに尽きる。 人はなべて冷酷な世界を生きている、永遠に止まない「時間」という絶対王に支配された世界だ。ここで人は生まれ落ちた刹那、全員が死という逃れられない運命に向けて行軍する。足を止めるこ...

高校必修科目に古典は必要である「和歌所的」理由

先日興味深いブログ記事を見つけました。タイトルは『「高校必修科目に古典は必要か」あなたはどう思う?』です。去る2019年1月に明星大学人文学部日本文学科が主催した「古典は本当に必要なのか?」というシンポジウムの討論内容を...

新古今和歌集とはシュルレアリスムであった

「新古今和歌集」、繊細な言葉の芸術品と評されるこの歌集の魅力いや「魔力」はいったい何だろうか? 今まで各著いろいろな解説を目にしてきました。「象徴的」、「絵画的」このような言葉でこれを読み解こうとしますが、いずれも腑に落...

吉野といえば雪? 桜? 和歌で吉野山の歴史を知る

和歌に歌枕は数えきれないほどありますが、詠まれた回数でもそして歴史的にも最重要といえばここではないでしょうか? 「吉野」です。 現在、吉野山といえば世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の一角としてその名が知られますが、知名...

和歌という行為の本質、「いろは歌」と「三法印」

いわゆる「歌の父母」をご存知でしょうか? 紀貫之は古今集の仮名序に「難波津」と「安積山」を挙げ、歌の父母でありまた書の手習いとしても定番であると記しています。今でも「難波津」は百人一首(競技かるた)の序歌として親しまれて...

詩歌の変遷と「令和和歌所」が目指す地平

上の図表に日本詩歌の変遷をざっくりと整理していますので、まずご覧ください。 そのうえで、私が理解する要点を以下に三つ挙げます。 ・万葉集、古今和歌集から始まった日本の詩歌文芸は、元禄時代の松尾芭蕉によってその道の頂点に到...

平家物語を代表する和歌(源頼政、平忠度、建礼門院)

平安時代に書かれた王朝の恋物語、例えば「源氏物語」や「伊勢物語」にはたくさんの和歌が詠まれていることをご存じでしょう。これらの作品はほとんど歌物語といった構成で、和歌がなければ物語自体が成り立たないほど重要な位置を占めて...

月は秋、じゃない! 四季折々、月のいろんな美しさ。

月見といえば「秋」、なにより「中秋の名月」が一番! なんて思っている日本人、多いと思います。確かにこの日(中秋)にはテレビに代表されるメディアもこぞって月見を話題にします。 しかし当然のことながら、お月様なんてのは年中空...

百人一首と三十六人撰の比較で分かる、やはり百人一首は「王朝の栄枯盛衰物語」だった!

以前百人一首とは「王朝の栄枯盛衰物語」である! と説明しました。まあ、あえて言わなくとも採られた歌人を俯瞰的に眺めれば自ずと想像できることだと思います。今回はそれをより明確にするため、“ある秀歌撰”との比較を試みます。 ...