【百人一首の物語】四十番「しのぶれど色に出にけりわが恋は物や思ふと人の問ふまで」(平兼盛)

四十番「しのぶれど色に出にけりわが恋は物や思ふと人の問ふまで」(平兼盛) 兼盛と次の忠見の歌がいわくつきだということは、多くの人が知ところでしょう。この二首は「天徳内裏歌合」で番えられた歌です。天徳は村上天皇の御時、「後...

【百人一首の物語】三十九番 「浅茅生の小野の篠原しのぶれどあまりてなどか人の恋しき」(参議等)

三十九番 「浅茅生の小野の篠原しのぶれどあまりてなどか人の恋しき」(参議等) 前歌は女の「待つ恋」でしたが、ここからは三首、男の「しのぶ恋」が続きます。 参議等は源等、後撰集に数首の恋歌が採られていますが、そのことごとく...

【百人一首の物語】三十八番「忘らるる身をば思はずちかひてし人の命の惜しくもあるかな」(右近)

三十八番「忘らるる身をば思はずちかひてし人の命の惜しくもあるかな」(右近) この歌、引かれた拾遺集には「題しらず」となっていますが「大和物語」の八十四段に「女、男の忘れじとよろづのことをかけて誓ひけれど忘れにけるのちにい...

【百人一首の物語】三十七番「白露に風のふきしく秋の野はつらぬきとめぬ玉ぞちりける」(文屋朝康)

第三十七番「白露に風のふきしく秋の野はつらぬきとめぬ玉ぞちりける」(文屋朝康) 文屋朝康は六歌仙のひとり、文屋康秀の子です。ではありますが、詳しいことはあまりわからない謎の歌人。勅撰集には三首採られていますが、いずれも秋...

【百人一首の物語】三十六番「夏の夜はまだ宵ながら明けぬるを雲のいずこに月宿るらむ」(清原深養父)

三十六番「夏の夜はまだ宵ながら明けぬるを雲のいずこに月宿るらむ」(清原深養父) 古典和歌はつまらないという人に言わせると、その理由の最たるは「理知的だから」です。理知というと知識つまり掛詞や枕詞など言葉遊びや見立てや擬人...

【百人一首の物語】三十五番「人はいさ心も知らずふるさとは花ぞ昔の香ににほひける」(紀貫之)

三十五番「人はいさ心も知らずふるさとは花ぞ昔の香ににほひける」(紀貫之) 貫之は古今集をいや古典和歌を代表する歌人のひとりですが、この「百人一首の物語」においては「没落氏族の逆襲」を代表する歌人です。飛鳥・奈良時代に律令...

【百人一首の物語】三十四番「誰をかも知る人にせむ高砂の松も昔の友ならなくに」(藤原興風)

三十四番「誰をかも知る人にせむ高砂の松も昔の友ならなくに」(藤原興風) 松、なかでも「高砂の松」が吉事の象徴であるとは、誰もが知るところでしょう。私の世代ではすでにネタでしかありませんが、結婚式の祝言として「高砂や~」と...

「令和三年歌会始」眞子内親王の歌(烏瓜の色)を読み解く

去る3月26日、コロナウイルスの影響で延期となっていた「歌会始の儀」が行われました。地味な伝統行事が一転、国民の注目を集めるようになったのはもちろん昨年詠まれた眞子内親王の歌が発端です。 「望月に月の兎が棲まふかと思心を...

【百人一首の物語】三十三番「ひさかたの光のどけき春の日に静心なく花の散るらむ」(紀友則)

三十三番「ひさかたの光のどけき春の日に静心なく花の散るらむ」(紀友則) この歌、百人一首のなかでも格別の一首と目される。穏やかな春のひかりの中で、花だけが慌ただしく散ってゆく情景、素直な写生に共感を寄せつつも頂いた評点は...

【百人一首の物語】三十二番「山川に風のかけたるしがらみは流れもあへぬ紅葉なりけり」(春道列樹)

三十二番「山川に風のかけたるしがらみは流れもあへぬ紅葉なりけり」(春道列樹) 取ってつけたような風雅であるが、嫌味がない。それは名前のせいだろうか、“春道列樹(はるみちのつらき)”とは歌詠みが宿命というべき美しい名だ。し...

【百人一首の物語】三十一番「朝ぼらけ有明の月と見るまでに吉野の里に降れる白雪」(坂上是則)

三十一番「朝ぼらけ有明の月と見るまでに吉野の里に降れる白雪」(坂上是則) 三十一番は坂上是則、忠岑に続き有明の月であるがおもしろいのはその詠まれ方、前回ご紹介したように“有明月”は男女の別れを伴って詠まれるのが通例だが、...

【百人一首の物語】三十番「有明のつれなく見えし別れよりあかつきばかり憂きものはなし」(壬生忠岑)

三十番「有明のつれなく見えし別れよりあかつきばかり憂きものはなし」(壬生忠岑) 壬生忠岑は古今撰者の一人。四十一番忠見の父として知られるが、その実彼の出生はベールに包まれており官位も不明、貫之(従五位上)、躬恒(六位程度...

【百人一首の物語】二十九番「心あてに折らばや折らむ初霜の置きまどはせる白菊の花」(凡河内躬恒)

二十九番「心あてに折らばや折らむ初霜の置きまどはせる白菊の花」(凡河内躬恒) ついに古今集撰者がお目見え、凡河内躬恒だ。古今の撰者はあと三人、三十番の壬生忠岑と三十三番の紀友則そしてご存知三十五番の紀貫之であるが、とりわ...