咲けば散る咲かねば恋し山さくら思ひたえせぬ花のうへかな(中務)

今日の詠み人、中務をご存じだろうか? 百人一首には採られていないが、三十六歌仙にも選出され勅撰集に六十首以上も採られた実力者だ。その歌風は女貫之というような母「伊勢」に一歩も引けを取らぬ、正統的な古今調を放つ。自身の歌集「中務集」はミニ古今和歌集というような完成度で、一首の風体から配列に至るまで彼女の冷徹であり完璧主義の性分がにじみ出ている。
だが今日の歌は様子が違う。『咲けば散る、かといって咲かないと恋しい』。ジレンマに対峙して動揺を隠しきれない。特筆すべきは「花のうへ」だ、このような繊細で象徴的なニュアンスは古今調ではまったくない。詞書には「子にまかりおくれて侍りけるころ、東山にこもりて」とある。なるほどこれは哀傷歌だったのだ。一人置き去りにされた母の、桜の花その一片に揺蕩っていつ消えるとも知らぬ、人生というむなしさが歌われていたのだ。

(日めくりめく一首)

和歌の型(基礎)を学び、詠んでみよう!

代表的な古典作品に学び、一人ひとりが伝統的「和歌」を詠めるようになることを目標とした「歌塾」開催中!

季刊誌「和歌文芸」
令和六年冬号(Amazonにて販売中)