百人一首はなぜつまらないか(百人一首その1)


百人一首といえば和歌に興味がなくても知っている方は多いでしょう。
ただそれはカルタ遊びとしてかもしれませんが、和歌文化を今に残すという意味では極めて重要な存在です。

百人一首は和歌界の偉人、藤原定家が選出した和歌のアンソロジーだといわれています。飛鳥時代の天智天皇から始まり鎌倉時代の順徳院まで、百人の秀歌が一首ずつ年代順に並んでいます。百人一首をきっかけに、和歌のファンになった方も多いのではないでしょうか。

ただこの百人一首、和歌のアンソロジーつまり「和歌文化を総括するベストアルバム」と捉えると、正直言ってつまらない作品集です。百首に目を通す前に飽きてしまう方は、けっして私だけではないはずです。
それはなぜか?

なぜなら百首のほとんどが、似たような歌ばかりだからです。
想像してみて下さい、もしビートルズの「アンソロジー(Anthology)」全155曲の半分が「レット・イット・ビー 」だったら…辟易して二度と聞かなくなるでしょう。

ここまで極端ではないとしても百人一首は同じような歌、つまり「ワンパターン」に陥っているのは確かです。

■ワンパターンその1、「似たような情景、言葉」

百人一首を眺めて、すぐ分かることがあります。
それは、似たような歌が多いことです。

1「秋の田の かりほの庵の とまをあらみ わが衣手は 露にぬれつつ」(天智天皇)
15「君がため 春の野に出て 若菜つむ わが衣手に 雪はふりつつ」(光孝天皇)

19「難波潟 みじかきあしの ふしのまも あはでこの世を 過ぐしてよとや」(伊勢)
88「難波江の あしのかりねの ひとよゆへ 身をつくしてや 恋わたるべき」(皇嘉門院別当)

11「わたのはら 八十嶋かけて こぎ出ぬと 人には告げよ あまのつりぶね」(参議篁)
76「わたのはら こぎ出てみれば ひさかたの くもゐにまがふ 奥津白波」(法性寺入道前関白太政大臣)

これらは特に似かよった歌例ですが、おおむねこのような傾向があります。お手付きを狙った「カルタ遊び」としては秀逸な撰歌といえますが、和歌のベストアルバムとしては疑問が残ります。

■ワンパターンその2、「ネガティブな恋」

百人一首はといえば「恋」というほど、恋歌が多く採られている印象がありますよね。
それもそのはず、百人一首の部(テーマ)別構成は以下になります。
・恋:43首
・四季(春夏秋冬):32首
・雑部:20首
・羈旅:4首
・離別:1首

四季歌を圧倒し、百首のおよそ半分が恋歌であることが分かります。他の勅撰和歌集などを見ても、こんな偏りは見受けられません。
そして、です。これら恋歌のほとんどが「忍ぶ」「待つ」「思う」「恨む」といった超ネガティブ(消極的)思考。

40「忍ぶれど 色に出でにけり わが恋は 物や思ふと 人のとふまで」(平兼盛)
49「みかきもり 衛士のたく火の 夜はもえ 昼は消えつゝ 物をこそおもへ」(大中臣能宣朝臣)
63「今はたゞ おもひ絶なん とばかりを 人づてならで いふよしもがな」(左京大夫道雅)
85「よもすがら 物思ふころは 明けやらぬ ねやのひまさへ つれなかりけり」(俊恵法師)

これらが二首に一首の割合で登場するとなれば、鑑賞者もくら~い気持ちになってしまいます。
本来、和歌には瑞々しい一目惚れ(垣間見)の恋歌だってあるのに!
「ほととぎす 鳴くや五月の あやめくさ あやめもしらぬ 恋もするかな」(よみ人しらず)
「春日野の 雪間をわけて 生ひいてくる 草のはつかに 見えしきみはも」(壬生忠峯)
「山さくら 霞のまより ほのかにも 見てし人こそ 恋しかりけれ」(紀貫之)

百人一首にこんなウキウキした歌はありません。

■ワンパターンその3、「伝統へのこだわり」

百人一首のすべては、代々の勅撰和歌集から撰出されていることをご存知でしょうか。
・古今和歌集:24首  
・後撰和歌集:7首  
・拾遺和歌集:11首
・後拾遺和歌集:14首
・金葉和歌集:5首
・詞花和歌集:5首
・千載和歌集:14首 
・新古今和歌集:14首
・新勅撰和歌集:4首
・続後撰和歌集:2首

ご覧いただいて分かるように、最も多く選出されているのが「古今和歌集」です。
確かに初代勅撰和歌集である古今和歌集は「日本文化・伝統の基礎」というべきもの。ただ、基礎の裏返しは「凡庸」であると言えないでしょうか?

古今集から時代が下った「新古今和歌集」では、その300年間に鍛えられ、洗練された和歌が複数詠まれました。
「梅花 匂ひをうつす 袖のうへに 軒漏る月の 影ぞあらそうふ」(藤原定家)
「白妙の 袖のわかれに 露落て 身にしむ色の 秋風ぞふく」(藤原定家)
「春の夜の 夢の浮橋 とだえして 峰にわかるる 横雲の空」(藤原定家)
→関連記事「定家vsマラルメ 世紀を超えた対決! 象徴歌の魅力に迫る

いわゆる「象徴歌」なんて評価されるこれら新古今歌は、現代の私たちにも新鮮に、そして言葉の芸術であるように映りますよね。
しかし、新古今後に撰集されたはずの百人一首にこれらの歌は見当たりません。
いったいどうして、百人一首の撰者である定家は自らの過去を否定するかのように、あの百首から新古今の芸術を捨て、古今集という伝統にこだわったのか?

定家は新古今和歌集の編纂後、「近代秀歌」という歌論を執筆します。
そこでは自らが切り開いた新古今歌を否定するかのように、紀貫之や近代の先達に習い、心ある歌「有心」や小野小町を代表とする「余情妖艶」を歌の規範とするよう強調しています。
→関連記事「余情妖艶と小野小町

後鳥羽院との共同作業に相当参ったのでしょう(泣) …まあ分かりませんが、ともかく新古今時代以後、
定家は伝統的な古今歌風を重んじ、中でも恋歌を重んじるようになっていくのです。

そして百人一首。
これは定家晩年(75歳)の仕事です。人生のいわば総仕上げというべき歌集で、彼は自身の美学をそのまま表現しました。
それが「恋歌(ネガティブ思考)偏重」であり「伝統(古今集)偏重」なのです。
→関連記事「藤原定家 ~怒れる天才サラリーマン~」
→関連記事「「色なき歌集」百人一首で知る、閑寂の美

いかがでしょうか。百人一首は藤原定家の美学の結晶とはいえ、和歌文化を網羅的に扱ったベストアルバムではないことがお分かり頂けたと思います。
和歌には本来、多様な歌があることをぜひ知ってほしいと思います。
→関連記事「日本人なら覚えたい和歌のグレイテスト・ヒッツ10!

(書き手:和歌DJうっちー)

古今和歌集 恋歌残酷物語 完結「恋というもの」

828「流れては 妹背の山の なかに落つる 吉野の河の よしや世中」(よみ人しらす)
—————-
振り返れば

涙とともに

流れ流れて生きてきた

でも

すべてよしとしよう

これが恋

いや

これが人生というものなのだ

恋歌、堂々とここに完結!!!

(書き手:和歌DJうっちー)
→関連記事「5分でわかる恋歌の全て ~古今和歌集 恋歌残酷物語(総集編)~
IMG_5622

古今和歌集 恋歌残酷物語 その35「人生を、今はじめて振り返る」

825「わすらるる 身をうちはしの 中たえて 人もかよはぬ 年そへにける」(よみ人しらす)
826「あふ事を なからのはしの なからへて こひ渡るまに 年そへにける」(坂上是則)

—————-

あれから

私はずっとひとりでいた

恋という恋もせず

ただ年老いてしまった

思えばあの苦悩の夜こそが

生きているということだった

私の生涯とは

一体なんだったのであろう?

(書き手:和歌DJうっちー)
→関連記事「5分でわかる恋歌の全て ~古今和歌集 恋歌残酷物語(総集編)~
IMG_5621

古今和歌集 恋歌残酷物語 その34「花と恋」

795「世中の 人の心は 花そめの うつろひやすき 色にそありける」(よみ人しらす)
796「心こそ うたてにくけれ そめさらは うつろふ事も をしからましや」(よみ人しらす)
797「色見えて うつろふ物は 世中の 人の心の 花にそ有りける(小野小町)

—————-
恋を失って分かったことがある

人の心は花染の色のように

移ろいやすいものだということ

それでいて花の様には色が見えない

だから思い悩むのだ

そしてもう一つ

本当に憎むべきは

心変わりしたあの人ではなく

恋に染まってしまった私自身ということ

恋などしなければよかった

(書き手:和歌DJうっちー)
→関連記事「5分でわかる恋歌の全て ~古今和歌集 恋歌残酷物語(総集編)~
IMG_5601

古今和歌集 恋歌残酷物語 その33「身にしむ秋風ぞ吹く」

777「こぬ人を まつゆふくれの 秋風は いかにふけはか わひしかるらむ」(よみ人しらす)
783「人を思ふ 心のこのはに あらはこそ 風のまにまに ちりみたれめ」(小野貞樹)
787「秋風は 身をわけてしも ふかなくに 人の心の そらになるらむ」(紀友則)
788「つれもなく なりゆく人の 事のはそ 秋よりさきの もみちなりける」(源宗于)

—————-
秋風が吹いている、

来ない人を待ち続ける私を嘲るように。

あの人の心を遠ざけたのは、この秋風の仕業なのか。

つれない人の言の葉は、秋より先に色変わりしてしまった。

いっそ心が木の葉のようだったら、

この風にまかせて散り乱れるというのに。

(書き手:和歌DJうっちー)
→関連記事「5分でわかる恋歌の全て ~古今和歌集 恋歌残酷物語(総集編)~
IMG_5602

マラルメ詩集 (岩波文庫)

「ボードレール」に「ヴェルレーヌ」、19世紀フランスの象徴詩人でも私が一番カッコイイと思うのは「マラルメ」です。その非俗的で幻想的な世界観は唯一無二の存在です。
そりゃ分かってますよ、日本人が日本語訳されものを鑑賞したところで、本当のマラルメの魅力を理解できたのかと?
そんなもん百も承知の上で、一番カッコいいのがマラルメだと思う次第です。
訳者による文語訳は十分すぎるほど日本人を魅了してくれます。
彼に対抗できるのは、そう藤原定家しか考えられませんね。

続きを読む →

日本美の幕開け! 年内立春の歌に紀貫之の本気をみた


古今和歌集の第一、「春上」部の第一首。
1「年の内に 春はきにけり ひととせを こぞとやいはむ 今年とやいはむ」(在原元方)

年内に立春が来た。この一年を去年と言おうか、今年と言おうか、という歌です。
これは古今和歌集いや、日本文化の幕を開ける重要な歌です。

ところがこの歌の評判はすこぶる悪い。
くだんの正岡子規「歌よみに与ふる書」においては下の評価を頂いております。

『先づ古今集といふ書を取りて第一枚を開くと直に「去年とやいはん今年とやいはん」といふ歌が出て来る実に呆れ返つた無趣味の歌に有之候。
日本人と外国人との合の子を日本人とや申さん外国人とや申さんとしやれたると同じ事にてしやれにもならぬつまらぬ歌に候。
此外の歌とても大同小異にて佗洒落か理窟ッぽい者のみに有之候。』
→「再び歌よみに与ふる書

「洒落にもならない、つまらない歌である」と一刀両断。
まあ、おっしゃりたいことも分かります。
確かに少々理屈っぽく、雅を感じさせる歌ではありません。

ちなみに続く春上第二首は以下、
2「袖ひぢて むすびし水の こほれるを 春立つけふの 風やとくらむ」(紀貫之)

夏、袖を濡らしてすくった水は冬には凍ってしまった。それを今日の春風が溶かすのだろうか。
印象的な初春の風が美しい歌です。
こちらの歌の方が、古今和歌集の第一首には相応しい気もします。

でも貫之達選者は、「去年とやいはん今年とやいはん」を第一首に採った。
なぜか?
その理由を探る前に、「年内立春」とは何かを知りましょう。

現在の「立春」は2月4日ごろにあたります。
ですからもちろん、年内に立春を迎えるなんてことはありえません。
「年内立春」はご承知のとおり、旧暦(太陰太陽暦)だからこそ起こる事象です。

旧暦(太陰太陽暦)とは月の朔望(満ち欠け)周期を基にした暦です。
新月から満月そして再び新月という一周期は約29.5日となります。
これを12回繰り返すと一年は約354日にしかならず、太陽の運行を元にした「太陽歴」とは約11日の開きが生じます。
そのため旧暦(太陰太陽暦)では、3年に一度閏月を加えることで太陽と季節のずれを解消しています。

一方「立春」は二十四節気のひとつで、これは太陽の運行(黄道上の位置)をきっちり24等分してそれぞれに名称をつけたものです。

たまに二十四節気が現在の季節感と合わないのを、二十四節気が旧暦であるためだと勘違いされている方がいます。
しかし前述したとおり、二十四節気は太陽の運行を基準にしていますから、旧暦とは無関係です。
二十四節気が季節と合わないのは、中国で誕生した区分を日本でそのまま借用しているからです。(地域差ということ)

前述したように、旧暦(太陰太陽暦)では3年に一度閏月が入る、つまり一年が約383日となる年があります。
「年内立春」とはこの閏月によって一年が長くなった年の年末頃に、新年を迎えるより先に二十四節気の「立春」が先に来た、という事態をいいます。

一年の期間を月の朔望で決めているにも関わらず、立春などの季節の節目を太陽の運行で決めているというダブルスタンダードがゆえの、ギャップによって年内立春は起こるのです。

さて、戻って「去年とやいはん今年とやいはん」です。

古今和歌集の四季歌は「季節の流れ」に準じ整然と並べられています。
ですから通常の「立春」よりも暦の基点からはマイナスといえる「年内(去年)」の「立春」の歌から春上第一番を開始させた。

確かに歌の内容自体は正岡子規の言うとおり「洒落にもならない、つまらない歌である」かもしれません。
しかし「季節の流れ、移ろい」に徹底した美学を抱く貫之達にとっては、この歌がどうしても第一番でなければらならなかったのです。

「年内立春」の歌は強烈な美学の体現であり、この先古今和歌集の四季歌が「四季の移ろいを重視する」という強烈な宣言でもあります。

そして「冬歌」部の最後は以下の歌で締めくくられています。
342「ゆく年の をしくもあるかな ますかかみ 見るかけさへに くれぬと思へは」(紀貫之)

「ゆく年が暮れる」という、あくまでも季節の終わりにこだわった歌です。
「四季の移ろい」に対する徹底した美学が首尾一貫として存在しています。

子規のように、一首つまんだだけでは滑稽に映る歌も、
全体を通じた位置付けで考えると、純然たる美学が必ず宿っています。

ちなみに上で紹介した、貫之自身作の春上第二首
2「袖ひぢて むすびし水の こほれるを 春立つけふの 風やとくらむ」(紀貫之)

この歌1首だけで、昨夏~冬~初春の移ろいが歌われています。
古今和歌集はその冒頭から、貫之達選者の本気度が恐ろしいまでに伝わってきます。

(書き手:和歌DJうっちー)

古今和歌集 恋歌残酷物語 その32「涙濡れて」

756「あひにあひて 物思ふころの わか袖に やとる月さへ 濡るる顔なる」(伊勢)
757「秋ならで おく白露は 寝覚する わがた枕の 雫なりけり」(よみ人しらす)

—————-
「寒い」

冷たい秋風に意識がもどる

今夜も寝覚してしまった

ふと袖に目をやる

そこには見えたのは月

濡れに濡れた月

あれから幾夜泣き濡れただろう

もうずっと、眠ったままでいたい

(書き手:和歌DJうっちー)
→関連記事「5分でわかる恋歌の全て ~古今和歌集 恋歌残酷物語(総集編)~
IMG_55512

年賀状におすすめの和歌


師でなくとも忙しいのが「師走」です。
忘年会にクリスマスなどのイベント、大掃除や帰省の準備などやること盛りだくさんです。
仕事は仕事で小売・サービス業などは大繁忙期です。これに会社の決済月が12月だったりするとぶっ倒れてしまいそうですね。

そんな時期に年賀状です。

この記事の音声配信「第12回 年賀状にオススメの和歌」を
Youtubeで聴く
iTunes Podcastで聴く

この日本特有のグリーティングカードが国民一般に広まったのは明治になってから。
1899年に郵便物が年末に集中することの対策として年賀郵便の特別取扱が始まり、
1949年にはお年玉付郵便はがきが発行されるようになりました。

以後、年賀状の発行枚数は爆発的に増加、ピークとなる2003年には44億枚の発行枚数となりました。
ただ最近は減少傾向で、2016年の発行枚数は30億枚だということですが、これでも単純計算して一人当たり30枚の年賀状を送っていることになります。
2016(平成28)年用年賀葉書の発行及び販売

年賀状を何十枚も手書きしていた時代の苦労はいかばかりかと察するところです。
いや、むしろ昔は年末のイベントに追われることもなく、家族みんなでコタツに入ってワイワイと書いていたのかもしれませんけどね。

さて、多忙な現代人を支えてくれるのがパソコンやスマホです。
住所録さえ作ってしまえば、あとはお仕着せのテンプレートを使って印刷すれば完成です。

あ~、なんて楽なんだ。
ありがとう、技術革新!

しかし。気持ちよく年始を迎え、友人からの年賀状を眺めると、、
なんだか寂しい

「年賀状 もらったぶんも テンプレート」
せめて一筆ほしいと、他人に対しては望んでしまうものです

今年はもらう立場になって、一筆書いてみましょう!
何も書くことがない、とお困りの方、
ありますよ、そこに和歌が!

というわけで、年賀状におすすめの和歌を古今和歌集から選んでみました。

まず間違いのはこれ。
大歌所御歌にある一首です。
1069「あたらしき 年の始に かくしこそ 千歳をかねて たのしきをつめ」(よみ人しらず)
Happy New Year! 千年も先取りして楽しい(楽し木)を積んじゃおうぜ!

次いで「賀歌」から。
賀歌の多くは長寿を祝う歌ですが、このおめでたさは年賀状にもピッタリです。
352「春くれば 宿にまづさく 梅花 君が千歳の かざしとぞ見る」(紀貫之)
356「よろづ世を 松にそ君を 祝ひつる 千歳のかげに すまむと思へば」(素性法師)
357「春日野に 若菜つみつつ よろづ世を 祝ふ心は 神ぞしるらむ」(素性法師)

さらに「春歌」から。
新春の美しい情景が広がります。
2「袖ひぢて むすびし水の こほれるを 春立つけふの 風やとくらむ」(紀貫之)
4「雪の内に 春はきにけり うぐひすの こほれる涙 今やとくらむ」(よみ人しらず)
6「春たては 花とや見らむ 白雪の かかれる枝に うぐひすそなく」(素性法師)
13「花の香を 風のたよりに たくへてぞ うぐひす誘ふ しるべにはやる」(紀友則)
21「君がため 春ののにいでて 若菜つむ わが衣手に 雪はふりつつ」(光孝院)
24「ときはなる 松のみどりも 春くれば 今ひとしほの 色まさりけり」(源宗于)

もし相手が和歌に精通していたら、こんな和歌はいかがしましょう。
456「浪のおとの 今朝からことに きこゆるは 春のしらべや 改るらむ」(安倍清行)
これは「物名歌」で、「からこと」に「唐琴」が詠み込まれています。

お互いが老骨に鞭打つ間柄だったら、こんな和歌はどうでしょう。
8「春の日の 光にあたる 我なれど かしらの雪と なるぞわびしき」(文屋康秀)
28「ももちどり さへづる春は 物ごとに あらたまれども 我ぞふり行く」(よみ人しらず)
経年の皮肉に笑顔も混じります。

ラブレターは気恥ずかしいという貴方、この機会に、年賀に恋心を込めてみてはいかがでしょう。
542「春たてば きゆる氷の のこりなく 君が心は 我にとけなむ」(よみ人しらず)
596「年をへて きえぬ思ひは 有りながら よるのたもとは 猶こほりけり」(紀友則)
605「手もふれて 月日へにける しらま弓 おきふしよるは いこそねられね」(紀貫之)
684「春霞 たなびく山の さくら花 見れどもあかぬ 君にもあるかな」(紀友則)
747「月やあらぬ 春や昔の 春ならぬ わか身ひとつは もとの身にして」(在原業平)

たったみそひともじ(三十一文字)です。
一筆したためてみましょう(と、自分に言い聞かせてみる)

(書き手:和歌DJうっちー)

美の結晶、白雪はいかに美しいか?


立冬の頃、11月初旬には気持ちのいい小春日和にも出会えたものですが、
小雪の頃を過ぎれば本格的な冬、雪の話題もちらほら聞こえるようになります。

さて、古今和歌集の「冬部」歌は全部で29首あります。
その中で「雪」が詠まれた歌はなんと22首。この偏りは夏の「ほととぎす」を彷彿させますね。
※「ほととぎす」は夏部34首の、なんと28首に登場します。
→「夏を独占! ほととぎすの魅力

ただ冬は花のない季節。
そこに美を求めるとしたら、対象はおのずと雪に集中してしまって不思議ではありません。
まして「白」を最上級の色と捉えていた平安歌人。
一面の銀世界をどのように歌ったのか、興味がそそられますよね。

この記事の音声配信「第15回 雪の歌セレクション」を
Youtubeで聴く
iTunes Podcastで聴く

雪は古今和歌集において、詠歌の傾向が大きく三パターンに分けられます。

その一「〇〇で雪を知る」。

初冬の頃の雪はこのように詠みます。

317「夕されば 衣手さむし みよしのの 吉野の山に み雪ふるらし」(よみ人しらず)
夕方になって衣手が寒いから… 雪が降っているらしい。

319「ふる雪は かつぞ消ぬらし あしひきの 山のたぎつ瀬 音まさるなり」(よみ人しらず)
山川の流れが激しくなってるから… 雪が降るそばからとけているらしい。

332「朝ぼらけ 有明の月と 見るまでに 吉野の里に ふれる白雪」(坂上是則)
有明月と見間違えるように… 雪が降っているらしい。

降雪を雪以外で知る。
なにより間接の美を好んだ平安歌人、その真骨頂が見事に表れています。

その二「花を望む」。

晩冬の雪は「白梅」に見立てて詠まれることが多いです。

323「雪ふれば 冬ごもりせる 草も木も 春に知られぬ 花ぞ咲きける」(紀貫之)
雪を「春に知られぬ花」なんて言っちゃうのは素敵ですね。

330「冬ながら 空より花の 散りくるは 雲のあなたは 春にやあるらむ」(清原深養父)
こちらも白梅の見立て。「花を運んできた雲、あなたは春なのでしょうか?」ってカッコよすぎます。

337「雪ふれば 木ごとに花ぞ 咲きにける いづれを梅と わきてをらまし」(紀友則)
この歌には梅が二本あります。一本は下の句に素直に見える「梅」ですが、もう一本は上の句の「木」「ごと(毎)」つまりへんとつくりを合せて見える「梅」です。
とんちを利かせずにはいられなかったのが、平安歌人。ちなみに百人一首の「吹くからに 秋の草木の しをるれば むべ山風を 嵐といふらむ」(文屋康秀)も同じ発想です。

本来梅は初春の景物ですから、冬季に詠むのは完全にフライングです。
でも抑えきれなかったのでしょう。雪に花を、そして春を望む気持が!

その三「寂寥の象徴」。

雪の冷たさ、儚さは寂しさの象徴として詠まれることもあります。

327「み吉野の 山の白雪 ふみわけて 入りにし人の おとづれもせぬ」(壬生忠岑)
雪を踏み分け来てくれるような人は誰もいない…
ちなみにこれ、ふみに「踏み」に「文」が掛けれれています。

328「白雪の 降りてつもれる 山里は すむ人さへや 思ひ消ゆらむ」(壬生忠岑)
雪が積もって思ひ(火)が消える… 「消ゆ」は雪の縁語としてしばしば使われます。

枯花の季節、美しく優美な雪歌が花を添えます。
ただ個人的には疑問も残ります。
それは「雪は本当に美しいか?」ということです。

私の故郷は山間部(島根県奥出雲)の豪雪地帯。そこでは雪害も多く目にしました。
ですからしんしんと降る雪を見て、
318「今よりは つぎて降らなむ 我が宿の 薄おしなみ 降れる白雪」(よみ人しらず)
333「消ぬがうへに 又も降りしげ 春霞 立ちなは深雪 まれにこそ見め」(よみ人しらず)
のように「もっと降れ~」、なんて呑気に言っている余裕はありません。

豪雪地帯の人間は、
「タイヤチェーン付けないとな…」とか
「早く起きて雪かきしないとな…」とか
「除雪車(私の地元はブルドーザー)来てくれるかな…」などと考えるものなのです。

それは本来、昔も同じ。
「雪散るや おどけも言えへぬ 信濃空」
「これがまあ 終(つひ)のすみかか 雪五尺」

これは信濃北部(長野)の俳人、小林一茶の俳句です。
一茶の雪こそが、私が知っている雪です。

平安歌人が感じ入った「雪」は、極めて「都会的」な雪だったのです。
もし都の降雪量が山間部並だったら、「白」は目を背けたくなる色になっていたかもしれません。
そうすると花の好みも、案外「梅」や「桜」にはならなかったかもしれませんね。

→関連記事「雨に詠えば ~詩吟・イン・ザ・レイン~

(書き手:和歌DJうっちー)

→「ろっこの和歌Bar(7月の夜会)」7/24(水)19:30~22:00