ひさかたの天つしるしと水無し川へだてておきし神代し恨めし

七夕伝説が日本に伝わったのは奈良時代といわれる。ちなみにこれが日本元来の「棚機津女」伝説と習合した結果、七夕を「たなばた」と言うようになった。さて、万葉集では七夕伝説の影響をもろに受けている。巻十の「秋雑歌」はのっけから百首弱もの七夕歌が採られている。古今集ではこれが1/10程度に減ってしまうのだから、万葉集における関心の高さが伺えるだろう。ところが内容といえば今日の様に『天のしるしとして、水無し川(天の川)で隔てた神代が恨めしい』と、内容をそのままなぞらえた単純なものが多く、たいして面白くない。

(日めくりめく一首)

秋風の吹きにし日よりひさかたの天の河原にたたぬ日はなし(よみ人知らず)

秋風は「秋」という季節と同時にあることを知らしめる、「七夕」だ。『秋風が吹いてからというもの、天の河原に立ってあなたを待たない日はない』。言うまでもなく七夕は七月七日の夜、牽牛と織女が年に一度の逢瀬を遂げるという古く中国から伝わる物語である。これが新暦で行われるから多くの人が夏の風物と考えているし、大抵は梅雨雲に覆われているため牽牛と織女は会えないことが多くなってしまった。しかし歌にあるように、立秋を過ぎれば七夕を意識するのが本来(旧暦)の習慣だ。「立つ」の縁語として秋風と河原が合わせて詠まれているのがいかにも古今集らしい。

(日めくりめく一首)

秋風はやや肌寒くなりにけり一人や寝なむ長きこの夜を(源実朝)

少なからず秋風には久しい友との再会を思わせる感動があった、だが今日の歌はどうだろう。『秋風は肌寒くなってきた。一人で寝るのだろうか、長いこの秋の夜を』。印象的なのは「けり」で結んだ三句切れ、この歌において上句と下句の世界はほとんど連絡を断っている。作者にとって秋風とは虚しき身の上を知るひとつの現象に過ぎず、自分とは無関係のよその現象に過ぎないのだ。季節が変わったところで、自分は変わらず孤独に過ごすだけ、源実朝の孤独とはいったいどれほど深くあったのだろう。

(日めくりめく一首)

ふき結ぶ風は昔の秋ながらありしにもにぬ袖の露かな(小野小町)

小野小町という人は、いつどこでも小野小町だ。ふつう古今なら古今、新古今なら新古今と採られた集によって相応しい歌が採られるものだが、小町にはそれがない。いつもしのび泣きに袖を濡らしている。しかも恋部でも四季部でも、秋でも春でも変わりがないのだから、驚きの安定性だ。『吹いて露を結ぶ風は昔と変わらないが、私の袖の露(涙)は昔と変わってしまった』。確かにこの詠みぶりこそ和歌の王道であり、私も決して否定しない。しかし常にこんな調子だから、「卒塔婆小町」のような演目のネタにされてしまった。

(日めくりめく一首)

夕づく陽岩根の苔に影きえて丘の柳は秋風ぞ吹く(永福門院)

自分の体験を歌にする、そんな当たり前の先駆者が式子内親王であった。それでいうと今日の詠み人、永福門院は式子の正式な継承者と言えるだろう。しかもその思想はさらに先鋭化している。京極派、とりわけ永福門院にとって伝統的な和歌なんてきっとクソくらえだったのだろう。『岩の苔に消える夕日』も挑戦的だが、秋のしかも丘の上の『柳』である。当然ながら柳は春の川岸に揺れるものだ、伝統的には。こうも和歌の常套が崩されると、歌の善し悪しはどこに求められるのだろう。それは詠み人一人ひとりの感動なのだ。

(日めくりめく一首)

うたた寝の朝げの袖にかわるなりならす扇の秋の初風(式子内親王)

今日の歌もまた趣向が冴えている、式子内親王である。昨日までの秋風は野辺をさやいで、目にも耳にも広々と感じられたが、式子のはいたってこじんまりしている。何と言ったって、『自分であおいだ扇の風』に秋を感じるというのだから。しかもそれは『朝のうたた寝から目覚めた袖』に通ふ風だと言うのだ。こんな歌、伝統に寄りかかってボーっと生きていたら決して作れない。式子内親王に常にある歌の新しさ、これはすべての彼女の身近な体験から生まれている。唯一無二、式子の歌は式子にしか詠めないということだ。

(日めくりめく一首)

いつしかと荻の葉むけのかたよりにそらや秋とぞ風もきこゆる(崇徳院)

「秋風に秋を感じる」とは和歌の常套であり、立秋のころは同じような歌が大量生産された。これもご挨拶程度であれば構わなかったかもしれないが、歌に芸術を志向するようになると安易な真似ごとは敬遠されるようになる。顕著なのが新古今だ、この集は古きよき伝統と今を生きる自己との戦いの記録である。
『いつの間にか荻の葉は一斉になびいて、そらそらもう秋だよと風が叫んでいる』。昨日の敏行のような「はっと気づく」さりげなさではない、崇徳院の秋風は大胆にその存在を知らしめんとする。古典の文脈に沿いながらも、まったく違う趣向であることが分かるだろう。

(日めくりめく一首)

秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞ驚かれぬる(藤原敏行)

驚きの事実を述べよう、今日8月8日は「立秋」つまり季節はもう秋なのである。おそらく現代日本人としては、ようやく今が夏の折り返し地点くらいの感覚であるが、暦の上では間違いなく今日から「秋」なのだ。二十四節季は太陽の運行を基準にしているので、月をそれとする旧暦とは無縁である。だから感覚と乖離しているようで、『目にははっきり見えないが』やはりどこかに秋はあるはず、そう『風の音』である。ちなみに歌にある「驚く」は「びっくりする」ではなく、『はっと気づかされる』というニュアンスだ。どうだろう、感覚をすませば熱風の奥に秋風の気配を感じないだろうか? そう思い込んで、もう暫く酷暑に耐えるとしよう。

(日めくりめく一首)

今夜は七夕

今日は旧暦の7月7日、そうです七夕です。

新暦の7月7日はあいにくの梅雨空に逢瀬を邪魔されましたが、今夜は大丈夫そうですね。
(新暦になってから7月7日はたいてい梅雨時期なので、彦星と棚機津女は会いにくくなっています)

しかも今年は立秋よりも早いので、いつもよりアツアツ(暑々)の逢瀬となりそうです。
(ちなみに去年の旧暦7月7日は新暦の8月28日でした)

年に一度のこの逢瀬、万葉集から「七夕歌三首」と私から「かな書」を贈ります。

2000「天の川安の渡りに船浮けて 吾が立ち待つと妹に告げこそ」
2029「天の川楫の音と聞こゆ彦星と 棚機津女と今宵逢ふらしも」
2032「一年の七日の夜のみ逢ふ人の 恋も尽きねばさ夜ぞ明けにける」
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夏と秋と行きかふ空の通い路はかたへ涼しき風や吹くらむ(凡河内躬恒)

古今集歌人において、貫之を横目に女性ファンから圧倒的な人気を集める凡河内躬恒。個人的には凡作が多い印象でそれほど感心しないのだが、時折目の覚めるようなメルヘン世界を爆発される。これに魅了される人がいて決して不思議でない。
今日の歌も間違いなくその一首、なんたって空に『夏と秋の通い路』があるというのだから。夏と秋は接吻を交わすように入れ替わりをみせる、それは束の間の夢。季節の流れは一方的で、留まることは叶わない。明日は立秋、二人は出会いの刹那別れねばならぬ運命なのだ。後にも先にも、このような官能的な四季の移ろいを描いた歌人は躬恒以外にいない。

(日めくりめく一首)

→「わくわく和歌ワークショップ(葉月の会)」8/25(日)9:50~11:50