令和時代の和歌、目指すべき歌風「ただごと歌」について

歌を詠むための「歌塾」をはじめて数か月がたちました。おかげさまでご参加者さまにも恵まれております(「歌塾」については、こちらをご覧ください)。

ただ肝心なことを、私はお伝えしておりませんでした。それは、「どのような歌を詠むか」ということです、端的に「目指すべき歌風」です。この度これをしっかりと表明し、「歌塾」にすでご参加の方には目的意識の明確化、まだの方にはご参加の判断にしていただければ幸いです。

私がみなさまに推進する歌風、それは「ただごと歌」です。

「ただごと歌」とは江戸時代、「小沢蘆庵」が提唱した歌風です。少し詳しく説明すると、「ただごと歌」は「古今和歌集」の仮名序で著者の紀貫之が六つある「歌のさま」のひとつとして説いたもので、その真意はいわゆる「正述心緒」でした。蘆庵の主張も基本的にはこれに沿ったものです。
今でこそ歌において「正述心緒(心を素直に述べる)」、なんてのは当たり前ですが、当時はまったく新しい主張でした。江戸時代、京の堂上歌壇は藤原定家の血を引く歌道家がすべてであり、彼らは変わらず新古今風の「狂言綺語」が歌の神髄であると信じていました。そこに江戸から「万葉集」を推進する賀茂真淵らが表れるのですが、まだまだ対岸の火事であるといった時、突如足元の京で「ただごと歌」を主張する小沢蘆庵が登場したのです。

蘆庵の論はかなり異質ではありましたが、一方で連歌や俳諧はすでに武家を中心に広まっていましたから、彼らを中心に「ただごと歌」の賛同者はふえていきます。中でも蘆庵に私淑した「香川景樹」は格別で、「ただごと歌」をさらに進めて「調べ論」を展開、門弟をぐんぐん増やし、その「桂園派」はついに堂上歌壇の多数を占めるに至りました。
(明治期に正岡子規が桂園派を厳しく批判しますが、その元をたどれば、ほとんど的を得てなかったことがわかるでしょう)

※近世和歌に関する話は、以下の特集記事をご覧ください
 →「近世(江戸時代)和歌の本当

「ただごと歌」、それは一言で「実景実情」の歌です。第一印象を重んじ、見たまま感じたままの気分をそのまま言葉で写し取った歌です、その意味で「ただごと」なのです。

だとするとこんな疑問が湧きませんか、「写実」を旨とし、今につづく「現代短歌」と何が違うのかと。試しにネットで「ただごと歌」を検索してみると、確かにこのようなページも見つけることができます。
 →「にも、詠めるかも」(※左のページは検索結果の上位にあったというだけで、批判の対象として取り上げたのではありません)

しかし私が言う「ただごと歌」は、上のページのような「ただごと歌」ではありません。私が推進する「ただごと歌」は、蘆庵や景樹が論じた「ただごと歌」なのです。蘆庵や景樹が発見し、探求を続けた「ただごと歌」を、私は今に受け継ごうとしているのです。

私の「ただごと歌」は二つの点で、現代短歌と異なります。
一つが「心(こころ)」です。現代短歌に特徴的な「我(ワレ)」の発散ではなく、四時(春夏秋冬)と造化(花鳥風月)との対話、我など捨てたところにある、そのあるがままの気分、これが「ただごと」の心なのです。芭蕉ならこれを「風雅」と言うでしょう、その風雅にいかに心を尽くすか、「ただごと歌」における“いい歌”とは、この「真心」のある歌を言います。

もう一つが「詞(ことば)」。景樹は「調(しらべ)」を唱えましたが、彼はここに多様な意味を含めていました。私はこれをシンプルな「調べ」ようするに「韻律」とし、これを重んじます。
口語に「調べ」がないことは、現代短歌でも「文語」を用いてることからわかるでしょう。しかし文語といえど「万葉集」は粗雑で、「新古今和歌集」ではやや複雑になりすぎた、私が大切にするのは「古今和歌集」の韻律です。実のところ古今集を重視するのは蘆庵や景樹に倣ったものですが、私自身の耳も古今集の韻律を愛しており、裏を返せば、そのために蘆庵や景樹に賛同するようになったのです。

さて、「ただごと歌」の概念はなんとなくおわかりいただけたことでしょう。最後にわずかの歌例をもって、「ただごと歌」の魅力を共有し、あわよくばこれを「詠めるようになりたい!」 と、思ってもらえると嬉しいです。

「菜の花に蝶もたはれてねぶるらん猫間の里の春の夕ぐれ」(香川景樹)
「ゆけどゆけど限りなきまで面白し小松が原のおぼろ月夜は」(香川景樹)
「双六の市場はいかに騒げとか降りこぼしける夕立の雨」(香川景樹)

「雲雀ゐる声のあたりを眺めむとしばし宿かる木の下の陰」(内田圓学)
「夏の日の金糸梅咲く下影に優し顔なる野芥子ありけり」(内田圓学)
「ひよるりとトンビの空を聞きながら横須賀線は逗子を離れぬ」(内田圓学)

→「和歌を知り、詠むための歌塾

(書き手:歌僧 内田圓学)

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