柿本人麻呂 無常を詠む

「諸行無常」と聞けば、教科書に載っていた二つの作品を真っ先に思い出すのではないでしょうか。

1.平家物語「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の・・」

2.方丈記 (鴨長明1212年)「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。淀みに浮ぶ・・」

どちらの作も鎌倉時代(1185-1333)成立と言われています。やや悲哀のある響きを併せもっていて厭世観がにじんでいるように感じていました。

ところが、柿本人麻呂歌集出の下記の万葉歌は洗練しシンプルで明快簡潔。

無常を意図しているが醒めた目であり、冴えているのが良い。無常を詠む場合、回りくどいのは気に障るのでこのような詠みは好印象です。

巻向の 山辺響みて 行く水の 水沫の如し 世の人吾等は (万葉集7-1269)

(まくむくの やまへとよみて ゆくみづの みなわのごとし よのひとわれは)

しかも「平家物語」や「方丈記」成立の500年前に詠まれた和歌であり、この二人の作者は、この和歌を下敷きにして敷衍したのではと思えて参ります。

ですから、現代の教科書にも人麻呂の7-1269を是非とも併載して欲しいものと思います。

このように簡潔、シンプルな表現は上代からの日本人の持つ美意識であり、近代の足し算ばかりの商品と一線を画す引き算の美があります。美しく簡潔な作品に親しみ囲まれていると陰翳を感知する豊かな感受性が獲得できそうに思えてきます。

人麻呂はこの「無常」を詠んだ和歌の故地で「希望」を詠むことも忘れません。

巻向の 痛足の川ゆ 往く水の 絶ゆる事なく またかえり見む (7-1100)

穴師川の流れに乗せた「の」と「ゆ」の3音を僅かの時間差で出現させながら「ゆ」音が効果的に耳に残り流麗な律動を作り出しています。

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