一人十首の歌人列伝

西行 ~出家はつらいよ、フーテンの歌人~

西行は古今東西数多いる歌人の中で、最も愛されている歌人です。 生存中は天皇から遊女まで貴賤を問わず幅広く交友を持ち、死後は宗祇や芭蕉といった名だたる数寄者の憧憬を集めました。 「西行物語」「保元物語」「雨月物語(白峰)」
...続きを読む
一人十首の歌人列伝

源実朝 ~甘えん坊将軍、鎌倉の海に吠える~

源実朝は若干12歳でその座についた鎌倉幕府の第三代征夷大将軍。 父は源頼朝、母は北条政子とまさに武家のサラブレッドのような人ですが、 その実像は和歌ひいては京の文化に憧憬を抱き続けた続けた文学青年です。 この記事の音声配
...続きを読む
一人十首の歌人列伝

大伴家持 ~流れるままに。家持たぬ家持の万葉オシャンティー~

万葉集を代表する歌人と言えば? 歌の聖「柿本人麻呂」や「山部赤人」、筑紫歌壇の双璧「大伴旅人」や「山上憶良」らの名前が挙げられますが、 やはりは「大伴家持」でしょう! 家持の万葉集に収められた歌は、その数・質とも
...続きを読む
一人十首の歌人列伝

菅原道真 ~悲劇の唇が吹くIn A Silent Way~

一人十首の歌人列伝、記念すべき20人目は「菅原道真」です。 道真は天神様また学問の神様として、太宰府をはじめとする各地の天満宮に祀られていることで有名ですね。 その悲劇的な人生の結末から、いわゆる「日本三大怨霊」なんての
...続きを読む
一人十首の歌人列伝

源俊頼 ~閉塞感をぶち壊せ! 孤独なチャレンジャー~

今回の歌人列伝は「源俊頼」です! と言っても… 返す刀で「ってだれ?」という反応を頂きそうです。 俊頼は第五番目の勅撰集「金葉和歌集」の撰者であり、のちの詠歌に大きな影響を与えた歌論書「俊頼髄脳」を残した平安時代後期の代
...続きを読む
一人十首の歌人列伝

清少納言 ~元祖!意識高い系OLの可憐なる日常~

「意識高い系」という言葉をご存知でしょうか? これは「物知り顔で、実は中身のない人物」の俗称なのですが、平安時代にもこう揶揄された人物がいます。 「清少納言」です。 清少納言は一条天皇の中宮定子に仕えた女房の代表格です。
...続きを読む
一人十首の歌人列伝

藤原敦忠 ~禁断と破滅、平安のロミオとジュリエット~

敦忠はかの藤原時平の三男坊。権中納言まで上ったエリートであり、イケメンで詩歌管弦の名手だったと言います。 まさに非の打ち所がない色男、となれば当然、女性関係もずいぶ派手にやらかしています。 敦忠の歌集「敦忠集」だけでも「
...続きを読む
一人十首の歌人列伝

藤原定家 ~怒れる天才サラリーマン~

ついに藤原定家の登場です。 和歌に興味を持てば、おのずと彼の名に突き当たることになります。 定家の父は千載和歌集の選者であり、歌道御子左家のオリジン藤原俊成。 →関連記事「藤原俊成 ~和歌界のゴッドファーザー~」 自身は
...続きを読む
一人十首の歌人列伝

柿本人麻呂 ~みんなの憧れ、聖☆歌人~

和歌を語る時、決して欠かすことができない絶対的な存在がいます。 いや(襟を正して…)、いらっしゃいます。 そのお方こそ誰あろう「柿本人麻呂」様です! 人麻呂は名だたる歌人をして、こう言わしめています。 「かの御時に、正三
...続きを読む
一人十首の歌人列伝

俊成卿女 ~溢れ出るムンムン女子力~

俊成卿女はその名のとおり藤原俊成の娘です。俊成の女といったって彼女ではありません、念のため。 ただ娘は娘でも実の父は藤原盛頼、母は俊成の娘八条院三条なので養女ということになります。父盛頼がある事件(鹿ヶ谷の変)で罰せられ
...続きを読む
一人十首の歌人列伝

紀貫之 ~雑草が咲かせた大輪の花~

ついに大御所、紀貫之御大の出番がやってきました。 貫之は古今和歌集の代表的歌人だけでなくその選者として、また土佐日記の作者としても知られる「王朝文化人の王様」ともいえる偉大な人物である。と我々は記憶しています。 ところが
...続きを読む
一人十首の歌人列伝

能因 ~元祖旅の歌人の「ノー、インドア宣言!」~

芭蕉に西行、旅をしながら歌を詠んだ数寄者は数いれど、その元祖でありレジェンドたる人物が能因です。 能因は俗名を橘永愷といい、大学寮で詩や歴史を学ぶ学生でした。 それが20代も中頃、意を決して出家します。流浪の歌人になるた
...続きを読む
一人十首の歌人列伝

藤原俊成 ~和歌界のゴッドファーザー~

藤原俊成はかの歌人定家の父であり、後鳥羽院、式子内親王、藤原良経、俊成卿女といった新古今時代の主だった歌人の師匠であった人です。 さしずめ「和歌界のゴッドファーザー!」といったところですが、コルレオーネ家の御大とは違って
...続きを読む
一人十首の歌人列伝

在原業平 ~愛され続けるプレイボーイ~

在原業平は平城天皇の孫であり、六歌仙に名を連ねる凄腕の歌人です。 古くから色好みの貴公子として名を馳せてきました。 業平の活躍は史実ではなく「伊勢物語」の中で見られます。 「伊勢物語」は全125段のショートストーリーから
...続きを読む
一人十首の歌人列伝

藤原良経 ~天才貴公子が奏でるロンリネス~

藤原良経(九条良経)は摂関藤原(九条)家の嫡男でありながら、後鳥羽院歌壇の代表的歌人として活躍した人です。 父は五摂家のひとつ九条家の祖である九条兼実、叔父には天台座主で歌人としても知られる慈円がいます。 藤原俊成に和歌
...続きを読む
一人十首の歌人列伝

式子内親王 ~色と光を自在に操る印象派の女王~

式子内親王は後白河帝の第3皇女で賀茂の斎院であった女性です。 式子が生きた平安末期は京を中心に戦乱が相次ぎました。 保元・平治の乱に始まり、平家打倒の令旨いわゆる「以仁王の令旨」によって起こった治承・寿永の乱は平氏、源氏
...続きを読む
一人十首の歌人列伝

小野小町 ~日本的、恋愛観のルーツ~

小野小町は9世紀に活躍した女性歌人。紀貫之による古今和歌集の「仮名序」では六歌仙という名誉ある歌人に選出され、おそらく最も名の知られた歌人です。 その存在感はとても大きく、現代でも美人を例えて「○○小町」などと評したり、
...続きを読む
一人十首の歌人列伝

後鳥羽院 ~お前のものは俺のもの、中世のジャイアン~

後鳥羽院は帝王の中の帝王というような人です。 といっても、この時代の「政治」の実権は鎌倉幕府に移っていましたから、院の権力は主に「文化」や「スポーツ」活動において発揮されました。 後鳥羽院がハマった文化・スポーツは多岐に
...続きを読む
一人十首の歌人列伝

崇徳院 ~ここではないどこかへ~

崇徳院は並みいる皇族の中でも、最も悲劇的な人物です。 院は父である鳥羽法皇から「叔父子」つまり鳥羽上皇の中宮である待賢門院と祖父である白川上皇の子であると疎んじられていました。 「愚管抄」によると崇徳院の養子である体仁親
...続きを読む
12