【百人一首の物語】五十五番「滝の音は絶えて久しくなりぬれど名こそ流れてなを聞こえけれ」(大納言公任)

五十五番「滝の音は絶えて久しくなりぬれど名こそ流れてなを聞こえけれ」(大納言公任) とっくの昔になくなった滝とその水音、でもその名声は流れ伝わって今も聞こえてくることだ。千載集の詞書でこの滝が「嵯峨大覚寺」の旧跡であった...

【百人一首の物語】五十四番「忘れじの行く末まではかたければ今日をかぎりの命ともがな」(儀同三司母)

五十四番「忘れじの行く末まではかたければ今日をかぎりの命ともがな」(儀同三司母) また恋の歌、そしてまた誰かの母ちゃんの歌です。儀同三司とは准大臣の唐名、その人は「藤原伊周」なのですが、どうでしょう「伊周」って読めました...

【百人一首の物語】五十三番「嘆きつつひとり寝る夜の明くる間はいかに久しきものとかは知る」(右大将道綱母)

五十三番「嘆きつつひとり寝る夜の明くる間はいかに久しきものとかは知る」(右大将道綱母) 恋の歌が続きます、詠み人は「右大将道綱母」あるいは「藤原道綱母」です。と、ここで気になるのが彼女の名前、かの「蜻蛉日記」の作者であり...

【百人一首の物語】五十二番「明けぬれば暮るるものとは知りながらなほ恨めしき朝ぼらけかな」(藤原道信朝臣)

五十二番「明けぬれば暮るるものとは知りながらなほ恨めしき朝ぼらけかな」(藤原道信朝臣) 「夜が明ければ、やがてまた日は暮れる」。これは二番歌の「春が過ぎて、夏が来る」と同じで、しごくあたりまのことを述べただけにすぎません...

【百人一首の物語】五十一番「かくとだにえやはいぶきのさしも草さしもしらじな燃ゆる思ひを」(藤原実方朝臣)

五十一番「かくとだにえやはいぶきのさしも草さしもしらじな燃ゆる思ひを」(藤原実方朝臣) 五十番の藤原義孝は若くして亡くなりましたが、立派な子息を残しています。長子行成は三蹟の一人として知られ、この家系は世尊寺流といって書...

【百人一首の物語】五十番「君がため惜しからざりし命さへ長くもがなと思ひぬるかな」(藤原義孝)

五十番「君がため惜しからざりし命さへ長くもがなと思ひぬるかな」(藤原義孝) 恋の歌が続きます、よみ人は藤原義孝。この歌で百人一首も前半終了ですが、後半は藤原氏以外の氏族はほとんど出てきません、ようするに駆逐、埋没しちゃっ...

【百人一首の物語】四十九番「みかきもり衛士のたく火の夜はもえ昼は消えつつ物をこそ思へ」(大中臣能宣朝臣)

四十九番「みかきもり衛士のたく火の夜はもえ昼は消えつつ物をこそ思へ」(大中臣能宣朝臣) よみ人は大中臣能宣、梨壺の五人の一人であった人物です。と、ここで解説を、まず「大中臣」ですが、なんか見覚えありますよね? 藤原氏の祖...

【百人一首の物語】四十八番「風をいたみ岩うつ波のおのれのみくだけて物を思ふ頃かな」(源重之)

四十八番「風をいたみ岩うつ波のおのれのみくだけて物を思ふ頃かな」(源重之) 源重之は風景歌の達者です。その詠みぶりは平安の山部赤人といって過言でなく、この時代にはめずらしく大らかで親しみやすい景色を歌に多く残しました。官...

【百人一首の物語】四十七番「八重葎しげれる宿のさびしきに人こそ見えね秋は来にけり」(恵慶法師)

四十七番「八重葎しげれる宿のさびしきに人こそ見えね秋は来にけり」(恵慶法師) 五番の猿丸太夫は「秋は悲し」とうたい、四十七番の恵慶法師は秋を「さびし」とうたった。私たちも秋といえばなんとなく物悲しい「愁い」の季節だと理解...

【百人一首の物語】四十六番「由良の門を渡る舟人かぢをたえゆくへも知らぬ恋の道かな」(曽禰好忠)

四十六番「由良の門を渡る舟人かぢをたえゆくへも知らぬ恋の道かな」(曽禰好忠) 「ギャップ萌え」はわりとあることですよね。たとえば人前では辛く当たるのに、二人きりになると甘えてくる恋人とか、ツンデレですね。ではこんなギャッ...

【百人一首の物語】四十五番「哀れともいふべき人は思ほえで身のいたづらになりぬべきかな」(謙徳公)

四十五番「哀れともいふべき人は思ほえで身のいたづらになりぬべきかな」(謙徳公)    「謙徳公」というのはいわゆる諡号です。貴人が死後、生前の行いを尊んで贈られた名前ですから、よほどのエリー...

【百人一首の物語】四十四番「逢ふことの絶えてしなくはなかなかに人をも身をも恨みざらまし」(中納言朝忠)

四十四番「逢ふことの絶えてしなくはなかなかに人をも身をも恨みざらまし」(中納言朝忠) 朝忠は名のとおり“中納言”ということでかなりのお偉方。父は二十五番、三条右大臣定方であるので、なるほどこの世は血筋こそがものをいうとい...

【百人一首の物語】四十三番「逢ひ見てののちの心にくらぶれば昔はものを思はざりけり」(権中納言敦忠)

四十三番「逢ひ見てののちの心にくらぶれば昔はものを思はざりけり」(権中納言敦忠) 平安時代にホストがいたら、間違いなく彼がナンバーワンです。光源氏? 昔男こと在原業平? いえ違います、藤原敦忠です。 敦忠はかの時平の三男...

【百人一首の物語】四十二番「契りきなかたみに袖をしぼりつつ末の松山なみ越さじとは」(清原元輔)

四十二番「契りきなかたみに袖をしぼりつつ末の松山なみ越さじとは」(清原元輔) 詠み人の元輔は三十六番清原深養父の孫、六十二番清少納言の父です。梨壺の五人にも選ばれ、勅撰集にはなんと百首以上が採られていますから当代きっての...