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立冬の頃、11月初旬には気持ちのいい小春日和にも出会えたものですが、
小雪の頃を過ぎれば本格的な冬、雪の話題もちらほら聞こえるようになります。

さて、古今和歌集の「冬部」歌は全部で29首あります。
その中で「雪」が詠まれた歌は、なんと22首もあります。
この極端は偏りはどこかで見たことがありますね、

そう「夏部」の「ほととぎす」です。
あの鳥は夏部34首の、なんと28首に登場します。
→「夏を独占! ほととぎすの魅力

ただ、花が咲き競う夏とは違い、冬は花のない季節です。
そこに美を求めるとしたら、対象はおのずと雪になって不思議ではありません。

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ひとえに「雪」といえど、古今和歌集では色々な詠まれ方をしている点に注目です。
傾向としては以下の3パターンににまとめられます。

■1.純粋に雪の情景を詠む場合、これは分かりやすいですね。
317「夕されば 衣手さむし みよしのの 吉野の山に み雪ふるらし」(よみ人しらず)
318「今よりは つぎて降らなむ 我宿の 薄おしなみ ふれるしら雪」(よみ人しらず)
319「ふる雪は かつぞ消ぬらし あしひきの 山のたぎつ瀬 音まさるなり」(よみ人しらず)

■2.寂寥の象徴として詠まれる場合もあります。
327「みよしのの 山の白雪 ふみわけて 入りにし人の おとづれもせぬ」(壬生忠岑)
ふみに「踏み」と「文」が掛かっています。こういうひと工夫が和歌の面白さです

328「白雪の 降りてつもれる 山里は すむ人さへや 思ひ消ゆらむ」(壬生忠岑)
329「雪ふりて 人もかよはぬ 道なれや あとはかもなく 思ひ消ゆらむ」(凡河内躬恒)
雪が積もって思ひ(火)が消える、「消ゆ」は雪の縁語でもありますね

■3.花の比喩として詠まれる場合、雪の大半はこの詠まれ方です。
323「雪ふれは 冬ごもりせる 草も木も 春に知られぬ 花そさきける」(紀貫之)
雪を花(梅)に見立てるのは基本ですが、「春に知られぬ花」というのが素敵です

330「冬ながら 空より花の ちりくるは 雲のあなたは 春にやあるらむ」(清原深養父)
こちらも花の見立てですが、「花を運んできた雲、あなたは春なのでしょうか?」ってかっこよすぎますよ!

337「雪ふれば 木ごとに花ぞ 咲きにける いづれを梅と わきてをらまし」(紀友則)
※実はこの歌、「木」と「毎」つまり「梅」のへんとつくりを詠んでいるのです。百人一首にも採られた、「吹くからに 秋の草木の しをるれば むべ山風を 嵐といふらむ」(文屋康秀)と同じ発想ですね

比喩の別バージョンで、月に例えるのもあります。
332「朝ぼらけ 有明の月と 見るまてに 吉野の里に ふれる白雪」(坂上是則)

枯花の季節でも、「美はここある」と言わんがばかりの歌が揃っています。

ただ個人的には疑問も残ります。
それは「雪は本当に美しいか?」ということです。

私の故郷は山間部(島根県奥出雲)の豪雪地帯でしたので、雪害も多く目にしました。
ですからしんしんと降る雪を見て、
333「消ぬがうへに 又も降りしげ 春霞 立ちなは深雪 まれにこそ見め」(よみ人しらず)
のように「もっと降れ~」、なんて呑気に言っている余裕はありません。

豪雪地帯の人間は、
「タイヤチェーン付けないとな…」とか
「早く起きて雪かきしないとな…」とか
「除雪車(私の地元はブルドーザー)来るかな…」などと考えるものなのです。

それは昔も同じ。
「雪散るや おどけも言えへぬ 信濃空」
「これがまあ 終(つひ)のすみかか 雪五尺」

これは信濃北部(長野)の俳人、小林一茶の俳句です。
一茶の雪こそが、私が知っている雪です。

古今和歌集は平安「美」の結晶でありますが、
それは極めて「都会的」な美であることが分かります。

(書き手:内田かつひろ)

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