年の瀬や水の流れと人の身はあした待たるるその宝船(宝井其角、大高源吾)

時代は一気に下って元禄十四年三月十四日、江戸城松の廊下にて赤穂藩主浅野内匠頭が幕府高家の吉良上野介を斬りつけた。吉良は死にはしなかったが、加害者たる浅野は切腹となりお家も断絶。そもそも吉良の嫌がらせに耐えかねた浅野の行動であったのだが、当の吉良は全くお咎めがなかった。これに不服を抱いた赤穂藩家老大石内蔵助をはじめとする赤穂浪士四十七名、翌年元禄十五年十二月十四日に吉良邸へ討ち入り、見事その首を打ち挙げた。世にいう赤穂事件である。

さて、今日の歌は赤穂義士伝より討ち入りの前日、四十七士のひとり大高源吾と宝井其角による連句である。其角と源吾は俳句の友、浪人となって以来、雪の両国橋で身をやつした源吾を見つけ其角が発句を呼びかけ源吾がそれに付け返すというくだりだ。物語は二人が別れて後、其角が源吾の付句「あした待たるるその宝船」の意を読み取って翌日の吉良邸討ち入りを知るという趣向で、作中屈指の見せ場となっている。 しかしこの赤穂義士伝または忠臣蔵、私が幼少の頃は年末の風物詩でテレビや映画で常々目にしたものだが、悲しいかな今やすっかり影が薄い。明日は討ち入りの十二月十四日、今年は赤穂浪士の声が聞こえると嬉しいが。

(日めくりめく一首)


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