美とはなにか?

和歌とは美への志向である。
今まで何度かこのようなことを申し上げました。

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ではその「美」とはなにか?
今回はそんなメタフィジカルなお話をしようと思います。

さて、たんに「美」というといわゆる「きれいなもの」を連想しがちです。
しかし美とは本来、もっと多様性を持った言葉です。

「美しい」の語源である古語の「美し」には、“綺麗だ”だけでなく、“愛しい”、“可愛い”、“見事だ”といった意味合いがあります。
これらに共通すること、それは「感動」です。

人事であれ自然であれ芸術作品であれ、美とはあるものと対峙した際の心の動きに認められるのです。
ようするに美とは、それを解釈する主体の心があってこそ現出する意識的、観念的な存在であり、美しさそれ自体はどこにも存在しないということです。

私は思うに、美とは「生の肯定」と言えないでしょうか?
美は様相はさまざまであっても、帰するところは主たる自分にあるのですから。

風に舞う花びら、雲を染める夕暮れ。
私たちが折々の自然美に感じる美しさは、今を生きる自分の輝き。

和歌には世の無常や儚さを主題にした歌が多いですが、
その志向するところには全て「花」がある、つまり完全なニヒリズムではありません。

美の究極を探求する和歌の道は、自分の心にある花を探す道であるのです。

力をも入れずして天地を動かし、目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ、
男女のなかをもやはらげ、猛きもののふの心をもなぐさむるは歌なり。
古今和歌集(仮名序)

和歌にある全能性。
自分の輝きに限界はありません。

(書き手:和歌DJうっちー)