紫式部 ~陰キャを極めた大作家の憂鬱エピソード~

以前清少納言を「意識高い系OL」なんて揶揄を交えて紹介しました。
→関連記事「清少納言 ~元祖!意識高い系OLの可憐なる日常~

これを頷かせるのは著書「枕草子」で自らが著したエピソードもさることながら、「紫式部日記」に記された一文の影響も多分にあるかと思います。

では逆に、清少納言は紫式部のことをどう捉えていたのでしょう?
答えは… 分かりません。。 同じ一条天皇の後宮(定子、彰子)に仕えたとはいえ、実のところこの二人が女房として出仕していた時期は全く違うのです。紫式部が彰子後宮に出仕したのは、定子が亡くなり清少納言が宮仕えを引退して五年近く後のこと、つまり清少納言は紫式部の存在を全く知らなかった可能性だってあるのです。

さて、では紫式部は実際どのような女性であったか?
かの古典中の古典「源氏物語」の作者であるのは言わずもがな、百人一首にも採られた藤原兼輔、藤原定方の曾孫であり同じく採られた大弐三位の母であった女性です。この家筋は文筆に長け紫式部も清少納言に負けず劣らず漢籍に秀でていました。とまあこれはWikipediaでも調べればわかる情報ですが、いったい彼女はどんなキャラクターであったのか?

これを知る手立てがあります、それこそが清少納言の批評が載る「紫式部日記」です。紫式部日記は物語調の「土佐日記」や「和泉式部日記」などと違って、プライベート感が強いまさに日記です。ひとたびこれを見れば、紫式部という人間の人柄がつぶさに分かります。それはさしずめ「陰キャを極めた大作家」! かの色好みの歴史的大長編「源氏物語」は内向的な性格が溜めに溜めた妄想の大爆発であったのです。

今回は「紫式部日記」から、彼女の人柄が分かるエピソードと歌をご紹介しましょう。
※紫式部の語りでお楽しみください

■陰キャエピソード その1 「道長に試される」

今日も平穏無事に過ぎますように、思ってたのに、、
しかも寝起きのタイミングよ、最悪最低…

突然、一枝折った女郎花を几帳の上からヒラヒラさせて、
『歌を詠むのが遅いヤツはダサいよ~』

って、分かる? 女郎花で一首詠めって言うのよ。へんな煽りしてきて、ホントめんどくさい。
お相手が殿(道長)でなかったら完全に無視してたのに。
はいはい、一応詠みました。

「女郎花盛りの色を見るからに露の分きける身こそ知らるれ」(紫式部)

私はもうオバさんなんだから、ほっといてください!
そしたら殿が『はやっ』って笑ってくれた。
でもその返歌が、、

「白露は分きても置かじ女郎花心からにや色の染むらむ」(藤原道長)

お前も心がけ次第で、もっと綺麗になれるよ~
だって… なにセクハラ!? 余計なお世話だって!

■陰キャエピソード その2 「不覚! 返歌のタイミングを逃す」

九月九日、重陽の節句ね。その時兵部さんが菊の綿を持って来て一言、
『奥様(倫子)がね、老化防止になるから使えって』だって。

気ぃ使ってくれて嬉しくなくもないけど、正直ほっといてほしい…
しょうがないから、

「菊の露若ゆばかりに袖触れて花のあるじに千代は譲らむ」(紫式部)

ありがたくちょびっと頂きます。でも千代の若さは奥様に譲ります。
って、お礼を返そうと思ったら、肝心の奥様はもう帰っちゃったって… もうガ~ンよ。

■陰キャエピソード その3「浮き(憂き)世の不安」

愚痴っていい?
宮中にいて世の中のおめでたいことを見聞きしても、私はひとっつも面白くない。もうね、出るものといえばため息くらいよ…

「水鳥を水の上とやよそに見むわれも浮きたる世を過ぐしつつ」(紫式部)

水鳥なんていい気なもんね、四六時中水の上にプカプカ浮いちゃって。でも憂き世にフラフラ~と浮いて日々を過ごす私も似たようなもんか、、

■陰キャエピソード その4 「やっぱり女友達!」

宮中には、そりゃ高貴な殿方も沢山いるけどね、、 私はやっぱり、気の置けない女友達といるのが一番ラク。
ある時雨れの時分、親友の小少将の君がメールをくれたの。

「雲間なくながむる空もかきくらしいかにしのぶる時雨れなるらむ」(小少将の君)

隙間がないくらい暗雲立ち込める空から我慢しきれず雨が降ってきた。これはあなたを心配する私の涙よ。
こんな嬉しい歌をね、すごく霞んだ濃染紙に書いてくれたの。本当に素敵。
もちろん返歌をしたんだけど、あれ!? 私なんて返したんだろう…

「ことわりの時雨れの空は雲間あれどながむる袖ぞ乾く間もなき」(紫式部)

私も同じ気持ちよ、だったかしら!?
最近憂鬱なことばかりで、思い出せない。。。

■陰キャエピソード その5 「恐怖の夜 その1」

今日は敦成親王の誕生五十日のお祝い、もちろん最高におめでたいことよ。
でもそれとこれは話が別、夜の宴会なんて言ったら、酔っぱらった男どもが絶対絡んでくるんだから、、、 ほ~らきた、左衛門督。

「あなかしこ、このわたりに若紫やさぶらふ?」

この辺に若紫はいらっしゃいますかな? だって!
めんどくせーから、

「源氏に似るべき人も見えたまはぬに、かの上はまいていかでものしたまはむ」

光源氏に似たイケメンもいないのに、紫上がいるもんですか! と、ついつい言っちゃった。まあこれで当分絡んでこないだろう。

■陰キャエピソード その6 「恐怖の夜 その2」

しかもその晩は、左衛門督だけじゃなかったんだなぁ…  誰にも気づかれないように宰相の君と申し合わせて御帳の後ろに隠れたんだけどね、よりによって見つかったのよ、誰にって殿よ!
んで、『み~つけた、 許してほしけりゃ歌を詠め!』って、またこれよ。あ~めんどくさ。

「いかにいかがかぞへやるべき八千歳のあまり久しき君が御代をば」(紫式部)

五十(いか)日のお祝いにどう数えましょう。永遠の長く続くあなたの時代を。
って、なんとか無難に返せた…

そしたら殿が、『うまい!!』って、いつもの過剰反応、
「あしたづの齢しあらば君が代の千歳の数もかぞへとりてむ」(藤原道長)

俺に鶴の歳があれば、君の千歳も数えるのにな。だって。今日の殿は本当に嬉しそう。それもそうよね、十年越しの念願が叶ったんだから。続けざまに殿がまくしたてる、

「宮の御父にてまろ悪ろからず、まろがむすめにて宮悪ろくおはしまさず。母もまた幸ひありと思ひて、笑ひたまふめり。良い夫は持たりかし、と思ひたんめり」

『宮(彰子)の親父として俺はいい感じ、俺の娘として宮もいい感じ。その母(倫子)も最高だろう。ああ、愉快! いい旦那をもったなお前は! 俺たち歴史上最高の家族! がーはっは』

幸せの絶頂ね。めんどくさい人だけど、豪快な殿ってやっぱ素敵だなって思う。

■陰キャエピソード その7 「女の恥」

『五節の舞』は知ってるわよね? 豊明節会で童女が舞うあれよ。
私も見たいなぁ~、なんて思ってったんだけど、五節の舞姫ほど悲惨な人間はいないわ。なぜって「ひたおもて」つまり大勢の男どもの前で顔を晒すことになるのよ!
※わかんない? 令和の人間には理解できないかもね、譬えると下着姿で舞ってるようなもんよ

私は辛うじて御簾の奥に隠れたり扇で隠すことも出来るけど、しょせん同じ穴の狢ね。そう考えると、彼女たちを単純に美しいだなんて、とても思えない。ああ、可哀そう胸がつぶれる思いよ…

※例の僧正遍昭の百人一首歌「天つかぜ雲のかよひ路吹きとぢよ乙女の姿しばしとどめむ」なんて、完全に男目線で女を侮辱した歌よ

■陰キャエピソード その8「女房批評」

『和泉式部』はなんて言ったって歌の名手ね。和歌の腕一本で親王さえも手玉に取っちゃうんだから凄いわ。でもしょせんダメな女よ、恋に溺れちゃうんだからね。

そこをいくと『赤染衛門』は理想的な女房の一人、奥ゆかしく気品があって折々に適切な歌を詠める。でもまあ、最高ってほどじゃないけど。

一番文句言いたいヤツがいるんだけど、その名は『清少納言』! 知ってるでしょ、定子サロンのカリスマ女房。したり(得意)顔がそうとう鼻に付いたっていうじゃない。女だてらに漢籍の知識をひけらかしたみたいだけど、よくよく知れば間違いばっかり。私なんてね、人前で漢字の『一』すら書いたことないんだから!!

※念のため断っておくとこの当時、漢籍は男の教養だったのよ。漢字(真名)を男手、ひらがな(仮名)を女手と言ったくらいなんだから、めちゃ差別的よね
※あと清少納言のことを言いたい放題書いたけど、実のところ会ったこともないし噂にしかしらないの。私が彰子様に出仕する前に定子様は亡くなっちゃったしね。でも相当下品な女房だっていうヤバい伝説は沢山知ってるわ

ようするに私が言いたいのはね、女房ってのは慎み深くしとけってこと。ご主人様より目立つなんて、言語道断よ!
だけど、、 みんな私にはない魅力が溢れてる、正直羨ましいんだ。

■陰キャエピソード その9「私について」

いろいろ他人様の悪口を書き連ねてきて、じゃあ『アンタはどうなの?』って言われそうね。
正直に言うわね、この世で一番つまらない人間、それがワタシ紫式部よ!
埋もれ木の奥の奥の奥に潜んでいるような暗い人間、生きてる価値なんてほとんどないかもね。
でも昔から勉強だけは出来たから、お父様に

「口惜しう。男子にて持たらぬこそ幸ひなかりけれ」

お前が男だったよかったのに、なんて嘆かれるほど漢籍の知識だってあったの。でも、そんなもんこの時代に何の価値もない!
最近も、私が憂さ晴らしに書き散らしている『源氏の物語』を見た男が、『お前すげー賢いんだな、さしずめ日本紀の御局だ!』なんて、罵るの。もう、バカにしないでよ!!

でもね、この「怒り」をどうしても人前で表現できない。そうよ、くそ真面目な陰キャなのよ、私はね。いつもバカ面下げて、女友達からも『おいらけもの』(おっとりさん)なんて言われる始末…
でもなんだかんだ、こんな私を慕ってくれる人もいるけどね。ありがと。

■陰キャエピソード その10「おまけ(道長と源氏物語について)」

なんだか私の妄想(源氏の物語)がみんなにうけて、嬉しいやら恥ずかしいやら。
この前も彰子様の部屋で、殿が梅の下に敷かれた紙に、、

「好き者と名にしたてれば見る人の折らで過ぐるはあらじとぞ思ふ」(藤原道長)

って。だから、好き者ってのは私の妄想の世界なんだって。

「人にまだ折られぬものを誰かこの好き者ぞとは口ならしけむ」(紫式部)

私は誰にも口説かれたことのない、堅物なんです!
って返したんだけどもしかして私、本当の本当は好き者だったりして。きゃっ恥ずかしい…

(書き手:和歌DJうっちー)

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