万葉集、古今和歌集、新古今和歌集。これらを総じて「三大集」と言ったりします。古今から新古今の間には六つの勅撰集が存在しますが、古典和歌では歌風的な特徴が際立っている上の三つをとくに重んじたのですね。
※ちなみに「三代集」と言う場合、古今集、後撰集、拾遺集を指します
ではこれら三大集、歌風にはどのような違いがあるのでしょうか? 和歌に興味を持てば自ずと気になるりますよね。さらに今回は、こちらも歌風が特徴的とされる京極派が編纂した「玉葉集」も加えて、ざざっと考察してみたいと思います。
さて、まずその前に和歌の「歌風」について理解を共にしましょう。例えば万葉集を「益荒雄ぶり」古今集を「手弱女ぶり」なんて評価するのも歌風論のひとつですが、これの分類でいくと、叙情美を重んじた歴代勅撰集の和歌のほとんどは手弱女に括られてしまいます。
ですので今回は歌の「心」と「詞」のバランスで比較してみましょう。
心と詞。どんな歌であれ、歌とはこの二つを元に成り立っています。そして歌風=歌の姿とは、心と詞のバランスの度合いに他ならないのです。
※今回はそれぞれに採られた「梅歌」で比較します
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万葉集
素直で雄大な歌が特徴といわれる万葉集ですが、これは概ねこの集を代表する柿本人麻呂その人の歌風だったりします。実のところ万葉集は玉石混交といった感じで一括りにできない様々な歌が収められています。
→関連記事「万葉集の代表歌、歌風、選者そして歴史をざっと知る!」
しかし今回は三大集との歌風比較がテーマですから、特徴的な素直な詠みぶりを引き合いに出しましょう。
万1423「去年の春いこじて植ゑし我がやどの 若木の梅は花咲きにけり」(阿倍広庭)
万4134「雪のうへに照れる月夜に梅の花 折りて贈らむ愛(は)しき児もがも」(大伴家持)
「去年植えた梅が咲いたなぁ」、「梅を贈る彼女がいたらなぁ」と、ほとんど散文的に自分の願望を詠んでいます。「心・詞」のバランスで表現すると、万葉集は心が強い【心>詞】の歌風である、とざっくり評することができます。
古今和歌集
万葉集となにかと比較される、初代勅撰和歌集。明治以後は非難の対象でしたが、情趣を主題にした詠みぶりは以後の日本文化の礎となりました。
→関連記事「日本文化のバイブル、古今和歌集とは何か」
古39「梅花にほふ春べはくらぶ山 闇に超ゆれどしるくぞありける」(紀貫之)
古337「雪ふれば木ごとに花ぞ咲きにける いつれを梅とわきてをらまし」(紀友則)
古今集は「掛詞」などの修辞法駆使し、いわゆる理知的に組み立てられた歌が大半です。木と毎で「梅」(漢字の偏と旁)なんて言葉あそびの極致といえるでしょう。
つまり古今集は万葉集と反して、詞が強い【心<詞】の歌風とであると言えます。
ちなみに六歌仙の一人「在原業平」は貫之にこう評されています、
在原業平はその心余りてことばたらず。しぼめる花の色なくて、にほひ残れるがごとし
古今和歌集(仮名序)
心が溢れんばかりでことばが足りない、詞を重んじた貫之ならではの業平評です。※その実、業平は「からころも…」に見られるようなゴリゴリの技法も得意としましたから、実際の歌風は【心≧詞】といったところが妥当でしょう
新古今和歌集
和歌という文芸がその極みに達した新古今集。
→関連記事「新古今和歌集とはシュルレアリスムであった」
当代の代表歌人藤原定家やその父俊成の歌論には、歌の「心」と「詞」が明確に意識されています。たとえば定家の「毎月抄」、
心と詞とを兼ねたらむを、よき歌とは申すべし。心・詞のふたつは、鳥の左右の翼のごとくなるべきにこそ、とぞ思う給へ侍りける。
毎月抄(藤原定家)
よい歌とは心と詞とが鳥の翼のようにバランスした歌である。定家は「心・詞」の調和を意識的に行いました。新古今とはこの双方が見事に調和【心=詞】した、理想的な歌集といえるでしょう。
新40「大空は梅のにほひにかすみつつ 曇りもはてぬ春の夜の月」(藤原定家)
新44「梅の花にほひを移す袖のうへに 軒もる月の影ぞあらそふ」(藤原定家)
伝統的な詞を巧みに響かせつつ、繊細な心の綾を詠みこむ。えも言われぬ歌の姿、美的様相が創出された梅の叙景、それは見たこともない絵画のよう! 同じ梅を詠んでこうも違うのかと、新古今の歌には驚かされます。
玉葉和歌集
鎌倉時代以降、宮廷の相対的な没落とともに和歌(勅撰集)の文化的価値も低下していきました。そんな中世の和歌暗黒期にあって、刹那の灯火となったのが京極為兼が編纂した「玉葉集」です。
→関連記事「中世に輝く和歌の印象派! 京極為兼と「京極派」を知る」
京極為兼は自信の歌論でこのように語っています。
こと葉にて心をよまむとすると、心のままに詞のにほひゆくとはかはれる所あるにこそ。
為兼卿和歌抄
京極派では詞ではなく、自らの心が感じたままを歌うことを理想としました。実のところこれは和歌史における大事件です。掛詞や縁語など修辞を用いず、自分が見たありのままを歌に詠もうというのですから。
玉82「梅ヶ枝のしぼめる花に露おちて にほひ残れる春雨のころ」(宗尊親王)
玉83「梅の花紅にほふ夕暮れに 柳なびきて春雨ぞふる」(京極為兼)
細かい観察眼で自然を捉えていることが分かります。ただ一方で伝統的な和歌の詞を用いているのには変わりがありません。心と詞、それぞれの絶妙なバランスで生まれたのが京極派の新風といえるでしょう。先までの「心・詞」で表現すると【心≧詞】という感じでしょうか。
(書き手:歌僧 内田圓学)
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