【百人一首の物語】十四番「陸奥のしのぶもぢずり誰ゆゑに乱れそめにしわれならなくに」(河原左大臣)

十四番「陸奥のしのぶもぢずり誰ゆゑに乱れそめにしわれならなくに」(河原左大臣) 源融は嵯峨天皇の皇子、臣籍降下するも従一位の左大臣まで昇った。知られるのは彼の「河原院」だろう、六条に構えた豪奢な邸宅は庭に陸奥塩釜の風景を...

【百人一首の物語】十三番「筑波嶺の峰より落つる男女川恋ぞつもりて淵となりぬる」(陽成院)

十三番「筑波嶺の峰より落つる男女川恋ぞつもりて淵となりぬる」(陽成院) ようやく恋歌らしい恋歌が登場、陽成院の一首です。「筑波山の峰から流れ落ちる男女川の水流がやがて深い淵にとなるように、あなたへの恋心も深く底知れないも...

【百人一首の物語】十二番「天つ風雲のかよひ路吹き閉ぢよをとめの姿しばしとどめむ」(僧正遍照)

十二番「天つ風雲のかよひ路吹き閉ぢよをとめの姿しばしとどめむ」(僧正遍照) 十二番に登場するは僧正遍照、ここに最後の六歌仙が登場し“伝説歌人”の章は区切りとなる。 ところで仮名序には「僧正遍昭は歌のさまは得たれどもまこと...

【百人一首の物語】十一番「わたの原八十島かけて漕ぎ出でぬと人には告げよ海人の釣舟」(参議篁)

十一番「わたの原八十島かけて漕ぎ出でぬと人には告げよ海人の釣舟」(参議篁) 蝉丸に続いて採られたのは参議篁、実名を小野篁という。ちなみに参議とは中納言に次ぐポジション、これ以上を公卿と言って最高幹部の一員をなす。ところで...

【百人一首の物語】十番「これやこの行くも帰るも別れては知るも知らぬも逢坂の関」(蝉丸)

十番「これやこの行くも帰るも別れては知るも知らぬも逢坂の関」(蝉丸) 「紅旗征戎吾ガ事ニ非ズ」。孤高のひねくれ者、藤原定家の名文句であるがやはりその人らしいというべきか。平凡は喜撰、小町と続けてきたら遍照、業平とやりそう...

【百人一首の物語】九番「花の色はうつりにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに」(小野小町)

九番「花の色はうつりにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに」(小野小町) 百人一首のなかでも白眉たる一首がこれだ、九番「花の色は」である。この歌に出会って古典和歌の魅力に憑りつかれた御仁は相当いると思う。なぜそう...

【百人一首の物語】八番「わが庵は都のたつみしかぞすむ世をうぢ山と人はいふなり」(喜撰法師)

八番「わが庵は都のたつみしかぞすむ世をうぢ山と人はいふなり」(喜撰法師) さて、ふたたび謎の歌人が登場、喜撰法師である。その名、百人一首に採られた歌からも坊主であることはわかる。古今集仮名序において六歌仙の一人に祀り上げ...

【百人一首の物語】七番「天の原ふりさけ見れば春日なる三笠の山に出でし月かも」(阿倍仲麻呂)

七番「天の原ふりさけ見れば春日なる三笠の山に出でし月かも」(阿倍仲麻呂) 百人一首のなかでもいや真砂のごとき和歌にあって、これほど愛唱される歌はないだろう、七番「天の原」である。 作者仲麻呂はあらためて説明するまでもない...

【百人一首の物語】六番「かささぎの渡せる橋におく霜の白きをみれば夜ぞふけにける」(大伴家持)

六番「かささぎの渡せる橋におく霜の白きをみれば夜ぞふけにける」(大伴家持) 大伴家持といえばその歌が万葉集に四百七十首ほど採られ、実質的な編纂者と目される人物。政治家としては受難の道を歩んだが、歌人として万葉の草々を文芸...

【百人一首の物語】五番「奥山に紅葉ふみわけ鳴く鹿の声きく時ぞ秋はかなしき」(猿丸太夫)

五番「奥山に紅葉ふみわけ鳴く鹿の声きく時ぞ秋はかなしき」(猿丸太夫) 百人一首に深刻な撰歌不審を招いた要因のひとつが、正体不明歌人の存在だろう。天智・持統天皇に始まり、歌聖人麻呂、赤人と流麗にながれてきたものが突然、猿丸...

【百人一首の物語】四番「田子の浦にうち出てみれば白妙の富士の高嶺に雪はふりつつ」(山部赤人)

四番「田子の浦にうち出てみれば白妙の富士の高嶺に雪はふりつつ」(山部赤人) 唐詩では杜甫を「詩聖」と称えますが、和歌でも歌の聖(ひじり)といわれる方がいます。だれあろう三番柿本人麻呂と四番山部赤人のご両名で、大伴家持にし...

【百人一首の物語】三番「あしひきの山鳥の尾のしだり尾のながながし夜をひとりかも寝む」(柿本人麻呂)

三番「あしひきの山鳥の尾のしだり尾のながながし夜をひとりかも寝む」(柿本人麻呂) 平安王朝の物語といえる百人一首を章立てした場合、冒頭から十二番まではさしずめ「王朝の幕開けと伝説歌人」と呼べるでしょう。その伝説中の伝説、...

【百人一首の物語】二番「春すぎて夏来にけらし白妙の衣ほすてふ天の香具山」(持統天皇)

二番「春すぎて夏来にけらし白妙の衣ほすてふ天の香具山」(持統天皇) 持統天皇はご存知のとおり天智天皇の娘です。叔父である天武天皇の妃となり草壁皇子を生みました。 じつのところ天智・持統のように百人一首には親子がなんと十八...

【百人一首の物語】一番「秋の田のかりほの庵の苫をあらみわが衣手は露にぬれつつ」(天智天皇)

一番「秋の田のかりほの庵の苫をあらみわが衣手は露にぬれつつ」(天智天皇) 一番歌に天智天皇を据えた、ここに百人一首という百首歌の編纂目的がおのずとみて取れます。それは端的に「平安王朝の歴史物語の再現」です。 歌集というも...