【百人一首の物語】二十七番「みかの原わきて流るる泉川いつ見きとてか恋しかるらむ」(中納言兼輔)

二十七番「みかの原わきて流るる泉川いつ見きとてか恋しかるらむ」(中納言兼輔)

古典などというとなにやら深淵広大なる山脈を思わせるが、存外知ってしまえば近所の裏山のごとく身近な存在に変わるだろう。この中納言兼輔(藤原兼輔)なる歌人を詳しく知る人は少ないかもしれないが、かの紫式部の曽祖父で名が通り、二十七番の定方とは従兄弟の関係、後撰集に載る藤花の唱和には定方はじめ貫之らとの活発な歌の交流※も見える。という具合でとりわけ平安朝の歌文学などはごくごく狭い世界での記録であることがわかるだろう。しかしその実昭和に至る文学シーンなども同じようなもので、現代ほどにジャンル・作家が複雑である方が珍しいかもしれない。

さて歌は序詞を用いた恋の歌である。序詞の繋がり方には「比喩」「掛詞」「反復」のパターンがあるが、これは「いつ」の同音反復で風景と人事が接続されている。では「泉川(いづみがは)」 の歌枕は言葉の響きのみで選ばれているのか? といえばそうでもないのが序詞のおもしろいところだ。泉川は現在の木津川であるが、これが流れるのが「みかの原」の地で、ここは古く聖武天皇の御代、一時的ではあるが都(恭仁京)が営まれた。つまり作者は泉川に「いつ」を響かせつつ、その後ろでさらに望郷の念を馳せ、結句「恋しかるらむ」に情趣をいっそう含ませたのだ、見事である。

とまあ頭で難しく考えるより、この歌は耳や口で響きを楽しむべきだろう。「みかの原」「わきて」「泉川」「見き」「とてか」「恋しかる」と「カ行」のアクセントが心地よく、声に出して歌うと気持ちよさ抜群だ。

※三条右大臣兼輔朝臣の家にまかりて侍りけるに、藤の花咲けるやり水のほとりにて、かれこれ大御酒たうへけるついでに…
「かぎりなき名に負ふ藤の花なればそこひも知らぬ色の深さか」(藤原定方)
「色深く匂ひしことは藤浪の立ちもかへらで君とまれとか」(藤原兼輔)
「棹させど深さも知らぬふちなれば色をば人も知らじとぞ思ふ」(紀貫之)

(書き手:歌僧 内田圓学)

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