【百人一首の物語】六十七番「春の夜の夢ばかりなる手枕にかひなくたたむ名こそ惜しけれ」(周防内侍)

六十七番「春の夜の夢ばかりなる手枕にかひなくたたむ名こそ惜しけれ」(周防内侍)

張りつめていた空気があれよと解けるおもしろさ、いいも悪いも百人一首の配列は妙技です。

歌ですが千載集の詞書にはこうあります。
二月の月の明るい夜、みんなで夜どおし物語などをしていたところ、眠くなってきたのでものによっかかって「あ~、枕がほしいなぁ」とつぶやいたら、藤原忠家が「ささ、これをを枕に」とかいって、腕を御簾の下から差し込んできたので…
「春の夜の夢のようなむなしい腕枕のために、つまらない浮名が立ってしまうのは、そりゃ口惜しいことね」、と詠んでやりました。

ポイントは男の「腕(かひな)」と「甲斐なく」が掛かっていることです。まあようするに清少納言よろしく、宮廷の男女による当意即妙の交流というやつですね。ちょっとしたセクハラ行為も、このようにやり返されたら男はたまりません。
まあでも、この程度で男も食い下がっていては恋愛なんぞできないのかもしれませんね、六十二番の清少納言ですが、「よに逢坂の関はゆるさじ」とやられた藤原行成は返す刀で「逢坂は人こえやすき関なれば鳥も鳴かねどあけてまつとか」(あれ、お前いつでもウェルカムじゃん?)と打ち返しています。

ところで一首に見える「春の夜の夢」は語るべきことがあります。じつは古典文学において「春の夜の夢」は「きわめて短くはかないもの」という意味が込められいる場合がほとんどです。

「おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし」
と、平家物語の序文でもあきらかですよね。

しかも和歌では、さらに深い意味を感じられます。それは時間的にはさらに短い「夏の夜」ではなく「春の夜」としているところが要点がです。それは「梅」とのかかわりです。

「春の夜の闇はあやなし梅のはな色こそ見えねかやはかくるる」(凡河内躬恒)

春の夜の闇に漂う梅の花の匂い。目には見えないけれど、おのずと高ぶってくる官能の気分。はかないからこそ、心をかき乱す刹那のエロス。
定家の一首をみれば、和歌における「春の夜の夢」を理解できるのではないでしょうか。

「春の夜の夢の浮橋とだえして峰に別るる横雲の空」(藤原定家)

残念ながら周防内侍の歌にはここまでの妖艶さはありません、しかし「春の夜の夢」を高らかに歌い上げた点で、一定の評価が下されるべきでしょう。

(書き手:歌僧 内田圓学)

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