辞世の歌 その22「かねて身のかかるべしとも思はずば今の命の惜しくもあるらむ」(朝倉義景)

朝倉義景は越前の戦国大名。義景の名は将軍足利義輝の諱を一字もらい受けたもので、彼の将軍家への忠義のほどがうかがえます。浅井長政と結んで織田信長に対抗するも姉川の戦いで大敗、一乗谷を攻め落とされ自刃しました。

ところで越前とえば一向宗の盛んな地で、朝倉家は代々一向一揆に苦しめられてきました。義景の時代になってようやく本願寺と和解にいたるのですが、心底懲り懲りしたのでしょう、彼の辞世歌には仏教まして欣求浄土的な観念はまったく見られません。

「かねて身のかかるべしとも思はずば今の命の惜しくもあるらむ」(朝倉義景)

昔から我が身に「死」が降りかかってくるなどとは思いもしなかったので、間際に臨んで今となっては命が惜しく思われる。
歌にあるのは「迷い」ですが、わが道を一心不乱に歩んだ人間の、非常にシンプルな迷いです。私たち現代人にも通じる、死生観の乏しい人間が発する「死」への素朴な諦念です。

実のところ、このような宗教色のない辞世歌は、知られるところだと中古の在原業平の歌くらいではないでしょうか。

「つひに行く道とはかねて聞きしかど昨日今日とは思はざりしを」(在原業平)

朝倉義景にとって、阿弥陀仏を信仰する一向宗の連中は、自らを苦しめる厄介者でしかなかったのです。

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(書き手:歌僧 内田圓学)

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