辞世の歌 その6「つひに行く道とはかねて聞きしかど昨日今日とは思はざりしを」(在原業平)

「つひに行く道とはかねて聞きしかど昨日今日とは思はざりしを」(在原業平)

いわずと知れた在原業平、古典ファンのみなさまにあえて人物を語ることはしませんが、その歌風について貫之に伺うと『その心あまりてことばたらず。しぼめる花の色なくて匂ひ残れるがごとし』ということです。ようするに感情が溢れすぎていて、歌にうまく収まっていないということで、それを補うために古今集でも随一の詞書を要し、発展して物語まで編まれてしまいました。

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それがご覧ください、業平の辞世とされる歌はきわめてシンプルです。
「ついに行く道」とは「死出の道」、そんなことがあるとは聞いていたが、まさかそれが昨日今日のこととは…
「伊勢物語」の最終125段には『昔、男、患づらひて心地死ぬべくおぼえければ』とだけ本文が添えられています。

この歌、いわゆる業平らしくなく、だれでも詠めそうなくらい単純です。 しかしだからこそ、真に迫ってはこないでしょうか。
たいていの人間は、明日も今日と同じように続くと考えて疑いません。このように辞世の歌の感想を書いている私だって、明日死ぬなどとはまったく考えていません。しかし無常を生きる私たちにとって、それは案外、奇跡的なことなのです。この「奇跡」を漫然と生きている人間に突然「死」がやってきたら、、 これは業平ならずとも、「まさか自分が!?」としか反応ができないのです。

「辞世の歌」といってもいろんな歌があります、しかし業平の歌ほど鑑賞者にの眼前に「死」を創出させてくる、凄みのある歌はありません。

(書き手:歌僧 内田圓学)

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