百人一首から古今和歌集を眺めて得た発見


百人一首から古今和歌集を眺めて、驚きの発見がありました。
古今和歌集とは、紀貫之選者たちによる「歴史的挑戦」の産物だったのです。

古今和歌集を知らなくとも、百人一首なら聞いたことがあるという方は多いでしょう。
ただ一般的にはカルタ遊びとして知られているため、内容まで興味がある人は少ないかもしれません。

古今和歌集と百人一首の違いは大きく二つあります。
一つは古今和歌集が時の権力者による勅撰集であるのに対し、百人一首は藤原定家による私撰であるということ。
もう一つは、古今和歌集は部立によって配列されているが、百人一首は歌人の旧新順に並んでいるという違いです。
→関連記事「古今和歌集とは

上のとおり、百人一首は藤原定家の私撰でありますが、無為に選んでいるわけではなく、基本的に過去の勅撰和歌集の中から選出しています。
百人一首には定家の秘めた暗号があるという説も
・古今和歌集 24首
・後撰和歌集 6首
・拾遺和歌集 11首
・後拾遺和歌集 14首
・金葉和歌集 5首
・詞花和歌集 5首
・千載和歌集 15首
・新古今和歌集 14首
・新勅撰和歌集 4首
・続後撰和歌集 2首

このように勅撰集別の選出数は、百首内の1/4を占める古今和歌集が突出しています。

ではもう少し深堀して、古今和歌集の部立別に選出をみてみましょう。
すると以下の様になります。
・四季(春夏秋冬)13首
・離別 1首
・羈旅 3首
・恋 4首
・雑 3首
※該当の歌は以下参照
(百人一首に選出された古今和歌集の歌)

これを見ると、四季(春夏秋冬)の13首と比較して、恋歌が4首と少ないことが分かります。
でも実は古今和歌集の中で、四季(春夏秋冬)は342首、恋が360首と、恋歌の方が多いのです。
ですので順当に考えると、恋歌がもっと多いか、四季歌が少なくてもよさそうに思えます。

ここでピンときました。
冒頭で百人一首は歌人順に並んでると言いました。
ですので歌の「よみ人」が分からない歌は、定家がもくろむ百人一首の対象ではなくなります。

古今和歌集の恋歌ですが、実は大半が「よみ人知らず」の歌なのです。
恋歌360首のうち、182首が「よみ人知らず」です。
つまり、百人一首に古今和歌集の恋歌の選出が少ないのは、恋歌に「よみ人知らず」が多いから、という仮説を発見できました。

しかしなぜ、古今和歌集の恋歌は「よみ人知らず」が多いのでしょう?
四季(春夏秋冬)歌は、342首のうち「よみ人知らず」は118首ですから、恋歌に「よみ人知らず」が多いのは気になるところです。

では逆に恋歌に名のある歌人はというと、以下になります。
・紀貫之
・紀友則
・壬生忠峯
・凡河内躬恒
・小野小町
・伊勢
・素性法師
・在原業平
・在原元方
※採られた歌が多く、名の知れた歌人が中心に選出

すると3つの特徴が浮かび上がります。
1.選者である(紀貫之、紀友則、壬生忠峯、凡河内躬恒)
2.男ではない(小野小町、伊勢、素性法師※出家しているといことで)
3.色好みと認定されている(元方は分かりませんが、伊勢物語の主人公である業平は認定でしょう)

これをみると、当時まだ男性貴族は「恋歌を公にすることが出来なかった」のではないでしょうか?
ましてや位の高い殿上人などはなおさら。

古今和歌集の仮名序で貫之は、
「今の世の中、色につき… 色好み家に、埋もれ木の人知れぬこととなりて…」と、和歌が色恋でしか歌われなくなった世の中を嘆いていました。

しかしこのような状況にも係わらず、色恋を部に立て360首の歌を採った。
これはとてもチャレンジングなことだったのだと思います。
事実、万葉集はもちろん、貫之達選者が参考にしたと思われる本場中国の「詩経」や「文選」といった漢詩集にも、恋の歌は詠まれども、部立として大々的に恋を取り上げている例はありません。

色恋に埋もれていた和歌を、色恋で復活させる…

この大胆で歴史的な挑戦があったからこそ、以後の源氏物語などの日本を代表する恋物語などが生まれる素地ができ、現代のいわゆるクールジャパンつまり「カワイイ」や「ビジュアル系」などの欧米マッチョ主義とは真逆を行く独自の文化が育った。

ここに改めて、「色恋」文化をフィーチャーした、貫之たち選者のセンスとチャレンジ精神に敬意を表します!

※ちなみに新古今和歌集の時代になると、太上天皇(後鳥羽院)などがバンバン恋歌を詠んでいます。
→関連記事「百人一首はなぜつまらないか

(書き手:和歌DJうっちー)

【参照:百人一首に選出された古今和歌集の歌】

21 春上 「君がため春の野に出でて若菜つむ わが衣手に雪はふりつつ」(光孝院)
42 春上 「人はいさ心も知らずふるさとは 花ぞ昔の香にほひける」(紀貫之)
84 春下 「久方のひかりのどけき春の日に しづ心なく花の散るらむ」(紀友則)
113 春下 「花の色は移りにけりないたづらに 我が身世にふるなかめせしまに」(小野小町)
166 夏 「夏の夜はまだ宵ながらあけぬるを 雲のいづこに月宿るらむ」(深養父)
193 秋上 「月見れば千々に物こそ悲しけれ わか身ひとつの秋にはあらねど」(大江千里 )
215 秋上 「奥山に紅棄ふみわけなく鹿の 声きく時ぞ秋は悲しき」(よみ人しらす)
249 秋下 「吹くからに秋の草木のしをるれは むべ山風を嵐といふらむ」(康秀 )
277 秋下 「心あてに折らば折らむ初霜の おきまとはせる白菊の花」(凡河内躬恒)
294 秋下 「ちはやふる神世もきかず竜田河 唐紅に水くくるとは」(在原業平)
303 秋下 「山河に風のかけたるしからみは 流れもあへぬ紅葉なりけり」(列樹)
315 冬 「山里は冬ぞ寂しさまさりける 人めも草もかれぬと思へば」(宗于)
332 冬 「あさぼらけ有明の月と見るまてに 吉野の里にふれる白雪」(是則)
365 離別 「立ちわかれいなばの山の峰に生ふる 松としきかば今かへりこむ」(行平)
406 羈旅 「あまの原ふりさけ見れば春日なる みかさの山に井でし月かも」(安倍仲麿)
407 羈旅 「わたのはら八十島かけてこぎいでぬと 人にはつけよあまの釣り舟」(小野篁)
420 羈旅 「このたびは幣もとりあへずたむけ山 紅葉の錦神のまにまに」(藤原道真)
559 恋二 「住の江の岸による浪よるさへや 夢のかよひぢ人めよくらむ」(敏行)
625 恋三 「有あけのつれなく見えし別より 暁ばかりうき物はなし」(壬生忠峯)
691 恋四 「今こむといひしはかりに長月の有明の 月をまち出でつるかな」(素法師性)
724 恋四 「陸奥のしのぶもぢすり誰ゆゑに 乱れ染めにし我ならなくに」(融)
872 雑上 「あまつかぜ雲のかよひぢ吹きとぢよ 乙女の姿しばしととめむ」(昭)
909 雑上 「誰をかも知る人にせむ高砂の 松も昔の友ならなくに」(興風)
983 雑下 「わが庵は宮このたつみしかぞ住む 世をうぢ山と人はいふなり」(喜撰)