和歌の入門教室(修辞法)「縁語」

「縁語」はキーとなる語を設定し、それを連想させる語を歌の中に詠み込む技法です。
例えば「蝶々」をキーワードに据えた場合、「舞う」とか「ひらひら」などの語を合わせて詠むイメージです。と、一見単純で技法と言っていいのか迷うほどですが、やはりそこは案外奥深いのがこの縁語。

まずは下の歌の縁語がどれか当ててみましょう!
471「吉野川 岩波たかく 行く水の はやくぞ人を 思ひそめてし」(紀貫之)

「岩波」と「水」が「川」の縁語! と即答された方、残念ながら間違いです… 考えてみれば「川」に「水」や「岩」があるのは当たり前ですから、これを縁語としていたらなんでもかんでも縁語になってしまいます。
正解は「はやし」が「川」の縁語です。

では次はどうでしょう。
「由良の門(と)を 渡る舟人 梶をたえ 行へもしらぬ 恋の道かな」(曽禰好忠)

「門(と)」とは瀬戸のことです。ですから「梶」ともに「舟人」の縁語になりそうですが…
答えは「渡る」と「行へ」が「道」の縁語です。

ではなぜ「門」と「梶」は「舟人」の縁語にならないか? それは「由良の戸を渡る」、「梶をたえ」はともに「舟人」を修飾するひと続きの語句だからです。
文節上つながりがある語は縁語と認められません。この場合、文節関係になく連想語として詠まれている「渡る」と「行へ」が「道」の縁語となるのです。

このように一見分かりにくい縁語ですが、見つけ方のコツがあります。それは「掛詞」および「序詞」の中から縁語の片割れを探すのです。これらは叙景と叙情を結び付ける技法ですから、文節上のつながりがない連想語つまり縁語が設定されやすいです。
「掛詞」と「序詞」は見つけやすい技法なのでオススメの判別方法です。

それでは縁語の代表例をみてみましょう。

縁語の代表例

縁語(主) 読み 縁語(副) 歌例
あし よ、ふし、ね 「難波江の 芦のかりねの ひとよゆゑ みをつくしてや 恋ひわたるべき」(皇嘉門院別当)
あわ きえ、う(浮)、ながれ 「水の泡の 消えてうき身と いひながら 流れて猶も たのまるるかな」(紀友則)
いと ほころぶ、みだる、よりかくる 「青柳の 糸よりかくる 春しもぞ みだれて花の ほころびにける」(紀貫之)
いは くだける 「あしひきの 山したたぎつ 岩波の こころくだけて 人ぞこひしき」(紀貫之)
浮き海布 うきめ なかる、かる 「うきめのみ おひて流るる 浦なれば かりにのみこそ あまはよるらめ」(よみ人しらず)
うら あま、みる 「逢ふ事の なきさにしよる 浪なれば 怨みてのみぞ 立帰りける」(在原元方)
よわる、たゆ、ながし 「唐衣 ひもゆふぐれに なる時は 返す返すぞ 人は恋しき」(よみ人しらず)
かは ながる、すむ、はやし、せ、ふち、そこ、ふかし 「淀川の よどむと人は 見るらめと 流れてふかき 心あるものを」(よみ人しらず)
かり なく、なかそら 「初雁の はつかにこゑを ききしより 中そらにのみ 物を思ふかな」(凡河内躬恒)
きり たつ、はる、まどふ 「花の散る ことやわびしき 春霞 たつたの山の うぐひすの声」(藤原後蔭)
くさ かれ、もゆ 「山里は 冬ぞさびしさ まさりける 人めも草も かれぬと思へば」(源宗于)
けぶり もゆ、きゆ 「煙たち もゆとも見えぬ 草のはを たれかわらひと なつけそめけむ」(真せいほうし)
こほり とく 「袖ひぢて むすびし水の こほれるを 春立つけふの 風やとくらむ」(紀貫之)
ころも なる、つま、はる、たつ、うら、きる 「唐衣 きつつなれにし つましあれば はるばるきぬる 旅をしぞ思ふ」(在原業平)
さしも草 さしもぐさ もゆる 「けふもまた かくやいふきの さしも草 さらはわれのみ もえやわたらむ」(和泉式部)
時雨 しぐれ うつろふ、もみづ 「今はとて わか身時雨に ふりぬれば 事のはさへに うつろひにけり」(小野小町)
しも おく、きゆ 「わかやどの 菊のかきねに おく霜の 消えかへりてぞ 恋しかりける」(紀友則)
すず ふる、なる 「世にふれば またも越えけり 鈴鹿山 むかしの今に なるにやあるらむ」(徽子女王)
ふち、しがらみ 「瀬をせけば 淵となりても 淀みけり わかれをとむる しからみぞなき」(壬生忠峯)
そで なみだ、むすぶ、とく、おほふ 「袖ひぢて むすびし水の こほれるを 春立つけふの 風やとくらむ」(紀貫之)
いね、かける、かる 「秋の田の いねてふ事も かけなくに 何をうしとか 人のかるらむ」(素性法師)
つき めぐる、くもかくる 「めぐりあひて 見しやそれとも 分かぬまに 雲がくれにし 夜半の月かな」(紫式部)
つゆ きゆ、おく、むすぶ、もる 「白露も 時雨もいたく もる山は 下葉のこらず 色づきにけり」(紀貫之)
夏野 なつの しげる 「牡鹿ふす 夏野の草の 道をなみ 茂き恋路に まどふころかな」(是則)
難波潟 なにはがた かりね、ひとよ、わたる 「難波江の あしのかりねの ひとよゆへ 身をつくしてや 恋わたるべき」(皇嘉門院別当)
なみ たつ、くだく、ぬる、かける 「わたつみの わが身こす浪 立返り あまのすむてふ うらみつるかな」(よみ人しらず)
はし ふむ 「大江山 いくのの道の 遠ければ まだふみもみず 天の橋立」(小式部内侍)
花薄 はなすすき いづ 「秋の野の 草のたもとか 花すすき ほにいでてまねく 袖と見ゆらむ」(在原棟梁)
春雨 はるさめ ふる、なる 「花の色は うつりにけりな いたづらに わが身よにふる ながめせしまに」(小野小町)
ふね わたる 「わがうへに 露ぞおくなる あまの河 とわたる舟の かいの雫か」(よみ人しらず)
みち ふむ、まどふ、ゆくへ、わたる 「由良の戸を わたる舟人 梶をたえ 行方もしらぬ 恋の道かも」(曾根好忠)
海松布 みるめ かる 「みるめなき わが身をうらと しらねばや かれなてあまの あしたゆくくる」(小野小町)
藻塩 もしほ こがる 「こぬ人を まつほの浦の 夕なぎに やくやもしほの 身もこがれつつ」(藤原定家)
ゆき きゆ 「あはぬ夜の ふる白雪と つもりなば 我さへともに 消ぬべきものを」(よみ人知らず)
ゆみ はる、おす、いる 「梓弓 おしてはるさめ けふふりぬ あすさへふらば 若菜つみてむ」(よみ人知らず)

縁語の基本を知ったところで以下の歌をご覧ください。
26「青柳の 糸よりかくる 春しもぞ みだれて花の ほころびにける」(紀貫之)

「よる(撚る)」「かく(搔く)」「はる(春・張る)」「みだる(乱る)」「ほころぶ(綻ぶ)」が「糸」の縁語です。
さすが稀代の名手たる紀貫之! 縁語がまさに「縁」となって、目には見えない荒ぶる春風を描いています。

→関連記事「貫之様にインタビューしてみた ~古今和歌集 仮名序妄訳~

さて、和歌の修辞法のなかでも枕詞や掛詞は派手さがあり、いわばアンサンブルにおけるトランペットやギターのような存在ですが、一方の縁語はチューバまたはドラムのように地味でほとんど目立ちません。

しかし! 和歌を和歌となす世界観は、縁語構成によってほとんど成されるのです。例えば題が「川」であったら、その歌は流れの「早さ」また、水底の「深さ」を詠み込むのです。ここで「泳ぐ」なんて詠んだら、それは和歌ではないのです。

となると、こんな声が挙がりそうですね。
題も言葉も制限された画一的な文芸の、はたしてどこに面白さがあるのか?

ジャズを考えてみてください。アコースティックジャズはスケールやコードといった制限に捉われつつも、その中で創意され聴き飽きるということはありません。要するに和歌も多様ではなく深淵な工夫を楽しむ作品なのです。

和歌を鑑賞する際はぜひ、三十一文字の底で静かに響く、「縁語」に聴き耳を立ててみてください。

(書き手:歌僧 内田圓学)

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