実況! 六百番歌合「余寒 十二番」~俊成の絶賛~

時は建久五年(1194年)、左大将良経主催による歴史歴な歌合せが行われた。世にいう「六百番歌合」である。これはその模様を和歌DJうっちーの解説のもと、面白おかしく実況しようという試みである。

実況:六百番歌合せにおける、俊成のポリシーが分かってきました。家の対立なんか眼中になく、純粋に歌の理想を追っていたんですね。
DJ:そうです。ようやく俊成という歌人の偉大さが分かってきたようですね。
実況:でその偉大なじいさんは、どんな歌を理想としたんですか?
DJ:それはいい質問です、ちょうどいい判詞があるのでご紹介しましょう。

講師:
左 女房(良経)
「空はなお霞もやらず風冴えて雪げに曇る春の夜の月」

右 寂連
「梅が枝の匂ひばかりや春ならむなお雪深し窓のあけぼの」

左右の方人:いや~、ともに素晴らしい歌ですなぁ。

判者:この両首、歌の趣向も詞のつづけ方も見事、文句のつけどころのない誠に優美な歌である。左は「雪げに曇る春の夜の月」といい、右は「なお雪深し窓のあけぼの」という。くぅ~、しびれるような美しい風景の歌じゃ!

実況:おおお! 俊成、絶賛じゃないですか!
DJ:そうなんです、ここまで褒めるのは大変珍しいことですよ。

実況:で、なにがいいんです、この歌?
DJ:オホン。この両首には理知的なところがまったくありません、いわば純写生歌といえるでしょう。実はこのようなスタイルの歌は当時としては大変珍しかったのです。

実況:ん~、それちょっと納得できません。たとえば山部赤人、彼の歌なんか写生歌といえませんか?
DJ:おお、どうしたんすか? 突然知った風な意見して。確かにそうです、万葉にはすでに見事な写生ヲ詠む歌人が存在していました。しかし、その系譜は初代勅撰集である古今集の時にいったん途切れるのです。そして金葉、詞花集と和歌の行き詰まりの時代に陥る。そんな閉塞感を打ち破ったのが、このような純写生感の歌だったのです。
DJ:しかもこの新時代の良経らには万葉人をはるかに超える繊細な目があった。すなわち写生歌に個性が宿ったといういことです。そして、それはそのまま新古今の一つの歌風となった、いわゆる「絵画的な歌」というやつですね。
実況:な、なるほど~ そんな歴史的背景があったのですね。

DJ:おそらく俊成は、このような歌を詠む若者が現われて心から感動したことでしょう。そして当時の大家たる俊成がこのように素直に評価できたからこそ、新古今という時世代の芸術は成就できたのです。実際、左良経の歌は新古今にも採られていますしね。
実況:つまり今回の両首は新古今の先駆けのような歌であったわけですね。
DJ:はい。ちなみにこの写生というスタイルの和歌は、玉葉・風雅集でクライマックスを迎えます。

DJ:さて、このように「余寒」の十二は絶賛の番であったのですが、それでも俊成は細かい指摘を目ざとく残しています。

判者:ただ、右「「梅が枝」の「枝」はいらんかったのぉ。なぜならば「軒の梅」と言い換えても通じるわけだからな。歌は他の詞に置き換えが出来ぬほど、練り詰めて詠まねばならぬ! 心しておけ。ということで勝負は左の勝ちじゃ!

DJ:とまあこんな感じです。隙のない恐ろしいじいさんですね。
実況:いや~、今日も俊成の凄さが伝わってきましたよ。ところでDJ、そろそろあれ見たいです。
DJ:あれ? もしかしてあれですか?
実況:そうです、あれ!
DJ:分かりました、ではいよいよ六百番歌合せの金言「源氏見ざる歌詠みは遺恨の事なり」をご紹介して、この企画もクライマックスとしましょう。

「実況! 伝説の対決 六百番歌合」一覧

(書き手・解説:和歌DJうっちー)


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