別れと旅立ちに添える歌

3月… それは別れと旅立ちの季節。人が旅立つとき、そこには必ずドラマが生まれます。そしてドラマあるところには歌もまたある、というのが古典文学なのです。

勧君更尽一杯酒 君に勧む更に尽くせ一杯の酒
西出陽關無故人
 西の方陽関を出づれば故人無からん
(王維)

酔臥沙場君莫笑 酔うて沙場に臥すとも君笑ふこと莫かれ
古来征戦幾人回
 古来征戦幾人か回る
(「涼州詞」王翰)

唐詩人の著名な適句、これらの絶唱に触れたとき、私たちは国境はおろか時代をこえて感動を呼び起こされることでしょう。

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本朝初の勅撰集「古今和歌集」にも「離別」や「羇旅」が独立の部として立てられ、そのテーマとしての重要性が伺えます。

370「かへる山ありとはきけど春霞 立ち別れなば恋しかるべし」(紀利貞)
371「をしむから恋しきものを白雲の 立ちなむ後はなに心地せむ」(紀利貞)
375「唐衣たつ日はきかじ朝露の おきてしゆけば消ぬべきものを」(よみ人しらず)
386「秋霧のともに立ちいでて 別れなば晴れぬ思ひに恋ひや渡らむ」(平元規)

これらは「離別」の歌でありながら、唐詩のような悲哀よりも風流な叙景の方が強く感じられませんか? それは歌に含まれる共通のあることばが理由です。

それは… 「たつ」です。

旅だつの「発つ」に、霞や白雲が「立つ」を響かせ抒情と叙景を両立させているのです。悲しい時にこそ、風雅を忘れないのが平安歌人の男気なのです。

次は「羇旅」の歌、これらにもある共通点がありますが分かります?

410「唐衣きつつなれにしつましあれば はるはるきぬる旅をしそ思ふ」
411「名にしおはばいざ事とはむ都鳥 わが思ふ人はありやなしやと」
418「かりくらし七夕つめに宿からむ 天の河原に我はきにけり」

正解はすべて「在原業平」作です。色好みの没貴族は恋を求めて、また恋から逃れるために旅をしました。上の三首はいずれも「伊勢物語」にも採られていますが、このようないわゆる「貴種流離譚」は今も変わらぬ物語の人気テーマですよね。
ところで旅の歌人といえば「能因」や「西行」が思い起こされますが、業平はその先駆者といえそうです。

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さて古今集の「羇旅」ですが、以下の歌にもある共通点があります。
何だか分かります?

365「立ちわかれいなばの山の峰におふる 松としきかば今かへりこむ」(在原行平)
406「天の原ふりさけ見れば春日なる 三笠の山に出でし月かも」(安倍仲麻呂)
407「わたの原八十島かけて漕ぎ出でぬと 人には告げよ海人の釣り舟」(小野篁)
420「この旅は幣もとりあへず手向山 紅葉の錦神のまにまに」(菅原道真)

正解は… お分かりですよね、これらすべて百人一首に採られた歌です。ちなみに百人一首の「離別」「羇旅」歌は、すべて古今和歌集からの選出なのです。
※上記4首プラス、源実朝の「世の中は…」も羇旅に入るとされています

特筆は安倍仲麻呂の「天の原」、仲麻呂は遣唐使の留学生として入唐し当時最難関とされた科挙の進士科に合格、末は正三品まで昇り皇帝の側近として活躍した人物です。詩才にも長け、冒頭でご紹介した王維や李白といった当時一流の唐詩人との交流も記録に残っています。

「天の原」がたんなる望郷の歌に収まらないのが、切なる帰郷は生涯叶うことがなかった、という後日談を含んでいること。仲麻呂はこの歌を詠み念願の帰国の途につくも船が難破、安南(ベトナム)に漂着し再び入唐、七十三歳の生涯をその地で閉じました。この悲哀の物語は多くの人の心を揺さぶり、それは本朝人のみならず五言絶句(「翹首望東天 神馳奈良邊 三笠山頂上 想又皓月圓」晁衡 )となって江蘇省鎮江に歌碑を残したのでした。

「百人一首の物語」一覧

最後に再び、「離別」歌をご紹介しましょう。
これらの共通点は… とにかくいい歌! です。

393「別れをば山の桜にまかせてむ とめむとめじは花のまにまに」(幽仙法師)
引き留める、引き留めないは花に任せてみよう… カッコイイです。

401「限なく思ふ涙にそぼちぬる 袖は乾かし逢はむ日までに」(よみ人しらず)
泣き尽くした涙の袖は乾かしておきます。いつかまた今度、会う日までに…

403「しひて行く人をとどめむ桜花 いづれを道と迷ふまで散れ」(よみ人しらず)
無理に行こうとする人を引き留めるため、桜花よ、道が分からなくなるまで散れ!

今年の別れの寄せ書きは、ぜひ一筆和歌を添えてみましょう。

(書き手:和歌DJうっちー)


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