「咬ませ犬」という言葉があるが、今日の詠み人は日本文学史上それに相応しい初めての人だろう。源氏物語に登場する蛍兵部卿宮だ。源氏の異母兄弟で、絵合わせや薫物合わせの判者をも務める風流人として描かれるが、なかでも印象的なのが「二十五帖 蛍」玉鬘への求婚のシーン。几帳の中にたくさんの蛍が放たれて、図らずも宮はその美貌を目の当たりにする。乙な演出であるが、実のところ宮を虜にして楽しもうという源氏の悪戯であった。狙い通り宮はぞっこんとなるが恋は実らずじまい、しかも玉鬘を射止めたのは髭黒右大将というごっつい中年男だったというオチがつく。これを咬ませ犬と言わず何と言おう。今日の歌は宮が恋文にしたためた一首であるが、ことの結末を知っていると何より恥ずかしさが先に立つ。
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