明石潟うらぢ晴れゆく朝凪に霧に漕ぎいる海人の釣船(後鳥羽院)

源氏物語以後、須磨そして明石と言えば屛居の地としてイメージが決定的となり、歌にも詫びれた情景が多く詠まれるようになった。『明石潟の浦べの道から、朝凪の霧に漕ぎ入る漁師の釣り船が見える』、主観的な感情を全く廃して純写生というような体をとるが、もの悲しさをも強く感じさせる。採られた玉葉集らしく繊細な濃淡も見えるが、人麻呂や黒人よろしく万葉風の大らかな羇旅歌の匂いもある。この歌からは後鳥羽院という歌人の天賦の才が滲み出ている。

(日めくりめく一首)

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