『夕暮れは、どの雲を吹いた風の名残というので、花橘はこんなにも懐かしく薫るのだろう』。「雲の名残」はたんなる夕暮れの風景などではない、荼毘に立つ煙のメトニミーとなる。つまりこの歌は四季の体を成しながら、実体は花橘に寄せた哀傷歌であるのだ。煙が「下燃え」由来であれば恋の可能性もあるが、初句「夕暮れ」によってやはり弔いの抒情に決する。「見し人の煙を雲と眺むれば夕べの空もむつましきかな」。歌は源氏物語第四帖、夕顔を偲ぶこの源氏の独唱が本歌であるのは揺るぎないだろう。すえ恐ろしいのは荼毘の煙に橘の香りを取り合わせたことだ。常識を超えた発想力こそ天才と凡人を区別する、この歌は若き定家の壮大な科学実験のひとつである。
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