歌塾 月次歌会(令和四年一月) 題「年始」、「雪」 ※判者評付き

歌塾は「現代の古典和歌」を詠むための学び舎です。初代勅撰集である古今和歌集を仰ぎ見て日々研鑽を磨き、月に一度折々の題を定めて歌を詠みあっています。

令和四年一月は以下の詠草が寄せられました。一部を抜粋してご紹介します。

題「雪」、「年始」

「霜こほる袖の光のさやけさは夜空に降れる星の白雪」

判者評:新古今調の冬の夜の一人寝、「夜空に降れる星の白雪」という風景も日本語も美しい

「冬されば人恋しくもなりにけりポインセチアの色に焦がれて」

判者評:花の色に恋心をみるのは常套句だが、それがポインセチアなのが面白い。クリスマスが最適な時候か。

「春くれば雪のしらべもあらたまり松も千歳の色まさりけり」

判者評:典型的な初春の歌だが、「雪の調べがあらたまる」というところに見どころがある

「雪ふぶく天竜川の渡し場に千鳥飛ぶかな遠江人」

判者評:吹雪くではなく「ふふく」とあり、聞きなれない。仮に吹雪くとすると、冬の渡し守を主題としたさびた風景。としたときに、「かな止め」するのではなく「千鳥ながめる」など遠江人と連絡した方がわかりやすい

「寂しさにたへたる人も来しかたの冬を偲びて雪眺むらむ」

判者評:冬の隠者の風景、人は待たなくても、次の季節を待ちわびる。実際に雪国の孤独とはこういうものだろう。

「事始め結露流るる窓を背に柄杓持つ手の舞いを見るかな」

判者評:茶の湯のことはじめ。柄杓の仕草を手の舞と見立てた妙なる一首

「茶畑にしんしんと積むぼたん雪白ききざはし山にかけらる」

判者評:茶畑のこんもり連なるさまを階に見立てた、ユニークな風景。実景であるならば素晴らしいたたごと歌。「かけらる」は他動詞となり、主体はぼたん雪、とした場合、雪の個性を出せればさらに面白いか「われさきと降る」

「たまくしげ二上山にてる月のかたぶくままに年あけにけり」

判者評:全体が「あく」を導くための序詞となる。ただ「二上山に傾く月」という美しい叙景が備わって手練れの人の歌とわかる

「あらたしき年も来にけり渋谷に波とともにや春のたつらむ」

判者評:字数的に「しぶたに」だが「しぶや」だろう。その地の名物新年のカウントダウンは2年連続で中止となってしまった。今年こそは人の波とともに、年越しができるようになってほしいものだ。

「浜千鳥花の重みの雪かづき浪のへに散る浪をながむや」

判者評:「花の重みの雪」が面白い、海原を野辺に例えてさながら花のような波が散るのを惜しむ。しかしとうの本人の頭の上にはこれまた花に見立てた雪がある。面白さが二重三重と工夫されている。

「ふる雪は浪に砕かれ実朝のまつ毛のさきも白く濡れつつ」

判者評:海上に降る雪、「砕かれ」から実朝を連想か。それが「まつ毛のさきも白く濡れつつ」とつづく予想もしない展開。連歌の趣のある遊び心のある一首

「思ふどち吐く息白くつどへねどあらたまの年を詠める嬉しさ」

判者評:歌塾のそして詠み人としての新しい門出を祝う、晴れがましい歌。今年こそどこかで集って歌を歌いたいものだ

※歌塾には初学者の方がたくさんいらっしゃいます。和歌は遠い古典教養ではありません、現代でも十分楽しめる座の文芸なのです。私たちと一緒に、古典和歌を「書き」「詠み」「遊び」つくしましょう。どうぞみなさま、お気軽にご参加ください。

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