「憚人目恋(ひとめをはばかるこひ)」とは、何らかの理由で恋人と会うことに差し障りが生じてしまった、その苦悩を詠んだ歌です。愛しい人と会えないという状況は「不遇恋」と変わらないのですが、「憚人目恋」はすでに逢瀬を遂げた、結ばれたにもかかわらず、やむなく会えなくなってしまった、というところで「不遇恋」と大きく異なります。
会えなくなってしまった理由はなにか? 想いが通いあっている男女ですからね、身分違いの「禁断の恋」なんてのが想像されます。ともかくこういう状況ですから、歌に詠まれるのは「音に立てず」、「人目を避よく」、「(人目)つつみ〔堤・慎つつみ〕」、「下に通ふ」、「人に知らすな」、「人に知られず」などの慎重な、緊張感のある言葉が主になります。
それではよく知られる「憚人目恋」の歌をご紹介しましょう。
『古今集』(恋三)
題しらず
「君が名もわが名も立てじなにはなるみつともいふなあひきともいはじ」(よみ人しらず)
「吉野河水の心ははやくとも滝の音には立てじとぞ思ふ」(よみ人しらず)
橘清樹が忍びにあひ知れりける女のもとよりおこせたりける
「思ふどちひとりひとりが恋ひ死なば誰によそへて藤衣着む」(よみ人しらず)
返し
「泣き恋ふる涙に袖のそほちなばぬぎかへがてら夜こそは着め」(橘清樹)
題しらず
「うつつにはさもこそあらめ夢にさへ人目をよくと見るがわびしさ」(小町)
「思へども人目つつみの高ければかはと見ながらえこそわたらね」(よみ人しらず)
寛平御時后宮の歌合の歌
「紅の色にはいでじ隠かくれ沼ぬの下に通ひて恋は死ぬとも」(紀友則)
題しらず
「冬の池にすむにほ鳥のつれもなくそこに通ふと人に知らすな」(躬恒)
『後撰集』恋
女につかはしける
「名にしおはば相坂山のさねかづら人に知られでくるよしもがな」(三条右大臣)
『新古今集』恋
又かよふ人ありける女のもとにつかはしける
「我ならぬ人に心をつくば山したに通はむ道だにやなき」(大中臣能宣朝臣)
※風俗歌「筑波山端山はやましげ山しげきをぞや誰が子も通ふな下に通へわがつまは下に」を踏まえる。
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