「辞世の歌」を知り、詠み残そう!(マンツーマンの特別講座)

はじめに

かつて日本人はみずからの死に臨んで、いわゆる「辞世の歌」を残しました。例えば西行や豊臣秀吉のそれが広く知られているでしょう。

「願はくば花の下にて春死なむその如月の望月のころ」(西行)
「露と落ち露と消えにしわが身かな難波のことも夢のまた夢」(豊臣秀吉)

彼らのような偉人でなくとも、私たちのほんの二世代前くらいの日本人であれば、何らかの「辞世」を残す人間は少なからずいたと思います。
翻って現代。辞世の歌を詠み、後世に残そうなんて人間は皆無… これは「歌を詠む文化が廃れた」というのもあるでしょう、しかし日本人が辞世の歌を詠まなくなった根本的な理由、それはわたしたちが「死生観を失くしてしまった」ということにほかなりません。そして多くの人は気づいていないかもしれませんが、死生観を失くしたということはすなわち「人生観を失ってしまった」、ということなのです。

かつての日本人は「死んだらどうなるか」、「何のために生きているか」というメタフィジカルな問いに向き合い、そしてその答えが与えられていました。それは仏教であり、神道であり、武士道であったりと、連綿と受け継がれてきた教えだったのですが、しかし近代以降、戦後に至る過程で「価値観」の大転換が行われ、日本の伝統的な思想・哲学はほとんど捨て去られてしまったのです。
では日本古来の「価値観」は何に置き換わったのか? 西洋の教えすなわち「キリスト教」などであればまだ分かるのですが、実のところこれは「拝金主義」であったのです。
「金・資産がある人間、人生こそ立派である」… 今のところ日本人が信じる価値基準はこれひとつです。

しかし現在、この「拝金主義」がたいへんまずい状況になっています。それは日本経済の30年に及ぶ低迷です。拝金主義は「お金が将来に渡って増え続ける」と信じられる時に幸福感が得られます、つまり経済成長をしている時には問題ないのですが、これがそうならないと「人生そのものが失敗」となってしまう… すなわち拝金主義者にとって「お金が増えない」どころか「目減りしていく」なんて世の中は、中世的に表現すると「末法の世」であるのです。

さて、こんな不安ばかり煽ってもいけませんね。実のところわたしは最近、潮目が変わってきていると感じています。悪しき拝金主義を捨て、「新たな価値観」を探る人間が増えつつあると思うのです。
(「和歌を詠みたい」という人が増えているのも、根本にはそのような意識の芽生えだと思います)

この「新たな価値観」は多様であることでしょう。しかし根本的には自然とか神仏とか、日本古来のものに由来すると考えています。そしてそのように日本古来の価値観を志向する人間であれば、おのずとだれもが「辞世の歌を詠み残したい」と思い至るはずです。

わたしはそのような人たちのお手伝いをしたいと思っています。それが歌人であり僧侶であるという、現代ではわりに珍しい人間の責務であると信じています。
どうぞみなさま一緒に後世へ残る、あなたの人生を凝縮した一首を詠みましょう!

要点

「伝統的な詞、価値観を踏まえた辞世の歌を詠む」

私がお手伝し、みなさまに詠んでいただきたい「辞世の歌」は、あくまでも日本古来の伝統的な詞、価値観につながる「辞世の歌」です。
ではその伝統の詞とか価値観とはいったい何か?

まず「詞」について言えば、「和歌の型式で詠む」ということです。今に残る代表的な辞世の歌をご覧になってください。そのほとんどが「和歌」の型式であることがわかるでしょう。それは辞世の歌が生死を俯瞰、超越しようという行為であり、それには日常を超越した非日常の詞、すなわち「和歌」でなければ叶わなかった、ということなのです。

「価値観」については、詠み残された「代表的な辞世歌」を鑑賞し体得していただきます。実のところ和歌型式の辞世歌には、一定の「型」が存在します。この要点をわかりやすく解説し、端的に身につけていただこうと思います。

→「語り継がれる辞世の歌

『歌、しかも和歌なんて詠んだことがない』?! 大丈夫です。あなたが日本で生きてきた人間であれば、学ぶとも学ばざるとも自然と日本の伝統(詞も価値観も)は身についているのです。なにより、お詠みいただいた歌は、わたしが丁寧に推敲します。

伝統を踏まえつつ後世に恥じることのない、「あなたの辞世の歌」として一首を完成させましょう。

講座の内容

基本的に講師(歌僧圓学)がマンツーマンで指南します。なお講義や会話はオンライン(ZOOM)にて行います。

その一、「講義で辞世歌を知り学ぶ」

・代表的な辞世の歌を鑑賞・解説し、伝統的な歌の詠み方の「型」を学びます
・60分程度の講義を1回行う想定です

その二、「構想を練る」

・会話を通じ、ご自身の思いと伝統的な価値観を重ねながら、歌の骨子を練ります
・60分程度の会話を1回行う想定です

その三、「歌を詠み、推敲する」

・辞世の歌として和歌型式でお詠みいただきます
・わたしの方で推敲します(推敲は1~2回程度行う想定)

費用

5万円(税込)
※講義、会話、推敲の回数を増やす、対面で行ってほしい、完成した歌を色紙に書いてほしいなど、ご要望がある場合は別途ください
※銀行振込のみとなります

講師

歌僧 内田圓学(真宗僧侶)
※令和和歌所の寄人(詳細はこちら)、詠草(歌塾歌会)、かな書作品(かなグラフィー

「辞世の歌」の実例

  • 春風よいたくな吹きそあはれ知る気高き花はおのずから散る
  • しめやかに霞の衣棚引いて今ぞいかなむ鷲山の峰
  • 花尽きて色もとだえし春なれど心の月はかはらざりけり
  • かぎりある命としればなほさらにうつろふ花をわがものと見む
  • わが旅は冬のさいはてゆきまよふ人なき道を越えて来にけり
  • ひさかたの天雲かける虹の橋万世にかけて幸ひ願ふ
  • 五十年腰に取り佩くみつるぎの見つることなき一指しの夢
  • 魚もまた心ありけり古里のしきりに恋し暮れの道ゆき
  • 大空はみどりに薫るくさまくらいざ旅ゆかむ心のままに
  • 今はただ人に知られで隠れなむ形見に思へ深山辺の花

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