見てはいけない!? 本当の中秋の名月

秋といえばやはり「お月見」ですよね。旧暦八月十五夜の月は「中秋の名月」ともてはやされ、古来より日本人に親しまれてきました。
ただこの「お月見」、楽しみ方には少し注意が必要です。今年の中秋の名月はいつだろう? と調べるとか、お供えの団子を作るとか、薄を飾るとかはいいんですよ。

ただこれだけは、肝に銘じてください。
それは…

「決して月を見てはいけない!」
ということです。

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なぜなら、オオカミ男になってしまうから! というのはもちろん冗談で、、、
月を見るという行為が「不吉な行為」、であるからです。

みなさんご存知、「竹取物語」の一文を思い出してください。

「春の初めより、かぐや姫、月の面白う出でたるを見て、常よりももの思ひたるさまなり。ある人の月の顔を見るは、忌むこと、と制しけれども(略)」
竹取物語

「月の顔を見るは、忌むこと」
つまり不吉なことであると、明確に記されているではありませんか!

初代勅撰集「古今和歌集」にも、月を忌むべきものとして詠んだ歌が多々あります。
879「おほかたは月をも愛でじこれぞこの つもれば人の老いとなるもの」(在原業平)

「まったく月を賞美しない」とは、強烈な批判だとは思いませんか?
月(Moon)が積もれば、月(Month)が積もる、つまり年をとって老いてしまうから、という理由です。

また秋の月といえばこれ、という名歌
193「月見れば千々に物こそ悲しけれ 我が身ひとつの秋にはあらねど」(大江千里)

月を見ているだけで、やたらめったら悲しくなってしまう…
って、ほんと月見なんてやめましょうよ~

古今和歌集には「月を愛でる」歌もあります。
しかし「月の顔を見るは、忌むこと」が、本質的にありますから、ストレートに愛でる歌はほとんどありません。

ご覧ください、
191「白雲に羽うちかはし飛ぶ雁の 数さへ見ゆる秋の夜の月」(よみ人しらず)
289「秋の月山辺さやかに照らせるは 落る紅葉の数を見よとか」(よみ人しらず)

月明かりのおかげで「雁や紅葉がよく見える」なんて、お月様、たんなる照明ですよ…

たまに月が主役になったと思えば、
184「木の間より洩りくる月の影見れば 心づくしの秋はきにけり」(よみ人しらず)
881「ふたつなき物と思ひしを水底に 山のはならで出る月影」(紀貫之)
拾遺171「水の面に照る月なみをかぞふれば 今宵ぞ秋の最中なりける」(源順)

「木の間から僅かに見える月」、「水底に映る月」と確かに美しい情景ですが、あくまでも“間接的な姿”を愛でていることが分かります。

これでもあなたは、お月見をするんですか!?

と、脅かすのもこのへんに…
月が忌むべきものだなんて、根拠はまるでありませんからね。
あるとしたら、白楽天の詩文だと言われます。

漠漠闇苔新雨地(ばくばくたるあんたい、しんうのち)
微微涼露欲秋天(びびたるりょうろ、あきならんとするてん)
莫對月明思往事(げつめいにたいして、おうじをおもうことなかれ)
損君顏色減君年(きみががんしょくをそんじて、きみがとしをげんぜん)
贈内(白楽天)

平安時代、本朝歌人に絶大な影響を与えた唐の詩人白楽天。彼は幼い娘(金鑾子)を病気で失ってしまいます、それは中秋月の夜でありました。以来白楽天は中秋月にトラウマを抱え、妻もろとも忌むべき象徴とみるようになったのです…

ここで大切なのは「やっぱり月明かりは不吉だ…」ではなくて、「白楽天の影響力すげー」です。本朝歌人は右に倣えで月を避けるようになるんですからね。

しかし時代も下りかの西行ともなれば、
「いかばかりうれしからまし秋の夜の 月すむ空に雲なかりせば」(西行)

恐れなど全くなく、雲一つない空で存分に月を眺めたい!! と、ただ一途に月への恋慕を詠うようになります。

ん!? しかし西行、そういやぁこんな歌も残していましたね。
「嘆けとて月やはものを思はする かこち顔なるわが涙かな」(西行)

さすがの隠者も、月の呪縛からは逃れられなかったのか!?

兎にも角にもお月様。年中浮かんではいるももの、街灯に埋もれる虚しき存在感。年に一度くらいは、ゆっくりと眺めてみましょうよ。

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(書き手:歌僧 内田圓学)

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