天の川だけじゃない、恋歌に詠まれる「川」特集!


今回のテーマは「恋」と「川」です。
一見つながりを感じにくいこの二つですが、実は和歌では非常に関連が深いのです。

恋にまつわる川と言うと、七夕伝説で有名な「天の川」がまず浮かぶかもしれませんね。
愛し合っていた夫婦、牽牛と織女は仕事もそっちのけで遊びまくっていたため、天帝により天の川を隔てて引き離されてしまいました。
これじゃあんまりだということで7月7日の夜にだけ天の川を渡って会うことが許された、という誰もが知っているお話です。

ところでこの七夕、和歌では「秋」のものとして詠まれること、ご存知でしょうか。
それはもちろん和歌の四季が旧(陰)暦で分類されているからです(旧暦の1~3月が春、4~6月が夏、7~9月が秋、10~12月が冬になります)。
ちなみに今年(2018年)の旧暦7月7日は新暦の8月17日にあたります。
おなじイベントでも実施日が1ヶ月半も違うのですから、周りの叙景から受ける印象は結構変わります。
現代人が和歌になじめないのは、暦が変わってしまったことも大きな要因の一つでしょうね。

というわけで現代の七夕は梅雨の真っ只中に行われますが、これはある意味大問題です。
なぜって梅雨雲に隠れて天の川が見えない!! じゃないですか。
牽牛と織女のロマンチックな物語も、天の川なくしては片手落ち(まあ都会では別の問題(光害)で見えないのですが…)。
ましてあのラブラブ夫婦、長雨で水かさが増して会いに行けないかもしれませんよ! 年に一度の逢瀬なのに、、

なんて妄想も膨らむのですが、閑話休題。
平安歌人は天の川に限らず、ほんとうにいろんな「川」を恋歌に詠んでいます。
今回は平安歌人が詠んだ川にまつわる恋の歌をご紹介しましょう。

まず「言葉の響き」でこんな川が恋歌に登場します。

竜田川

629「あやなくて まだきなき名の 竜田川 渡らでやまむ 物ならなくに」(御春有助)
秋の紅葉で有名な「竜田川」は、「たつ」の響きから「名が立つ(うわさになる)」という意をもって恋歌に詠まれます。

名取川

628「陸奥に ありと言ふなる 名取川 なき名とりては くるしかりけり」(壬生忠岑)
こちらは陸奥仙台の歌枕「名取川」、「名取」からの連想で「なき名」つまり事実無根の恋を詠んでいます。

白川

666「白川の 知らずとも言はじ 底きよみ 流れて世世に すまむと思へば」(平貞文)
「白川」からの「知らず」です。「底」「流れて」と「澄む」は川の縁語ですね。

淀川

721「淀川の 淀むと人は 見るらめと 流れて深き 心あるものを」(よみ人知らず)
「淀川」からの「淀む」ですが少し安易ですね。こちらは「流れて」と「深き」が川の縁語になっています。

音羽川

749「よそにのみ 聞かましものを 音羽川 渡るとなしに 見なれそめけむ」(藤原兼輔)
「音(うわさ)」からの「聞く」の連想ですが、ちょっと分かりづらい歌です。

次に「川の特長」からこんな恋の川があります。
個人的には、上でご紹介した「言葉の響き」よりもこちらのほうが好きです。

飛鳥川

687「飛鳥川 淵は瀬になる 世なりとも 思ひそめてむ 人は忘れじ」(よみ人しらず)
「飛鳥川」は川の「深い場所(淵)」と「浅い場所(瀬)」の変化が激しかったのか、人の心の移ろいやすさを例えて恋に詠まれます。

吉野川

471「吉野川 いは浪たかく 行く水の はやくそ人を 思ひそめてし」(紀貫之)
「吉野川」はその「流れの早さ」が例えられ、この歌では「早くも恋してしまった」の意で詠まれています。

水無瀬川

793「水無瀬川 ありて行く水 なくはこそ つひにわが身を 絶えぬと思はめ」(よみ人知らず)
「水無瀬」とはその名のとおり「水のない川」です。でもその下には水が流れているという設定のもと、人知れぬ「しのぶ恋」なんてのに詠まれます。

最後はこれ「涙川」です。

涙川

617「つれづれの ながめにまさる 涙川 袖のみぬれて あふよしもなし」(藤原敏行)
「涙川」は他の川と違って実在する川ではなく、単純明快「涙の象徴」です。
オーバーな表現が多い恋歌ですが、これはその代表格ですね。

ところで冒頭の「天の川」ですが、実は古今和歌集の「恋」では全く詠まれていません。
牽牛・織女なんてうってつけの題材もあるのになんで?? という感じですが、事実そうなのです。
私の考えとしては、平安も中期にはすでに「七夕伝説」なんてのは陳腐化していて、ハイソな平安歌人たちの恋には詠むべき対象ではなくなっていたのだと思います。
それは「秋」で詠まれたシニカルな天の川を鑑賞すればお分かり頂けるでしょう。

→関連記事「七夕の歌で知る、万葉集、古今和歌集、新古今和歌集の違い

(書き手:歌僧 内田圓学)

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