白河院というと独断専行、非情な独裁者というイメージが強いかもしれないが、今日の歌など見ると印象もまた変わってこよう。『庭の表面は月の光が漏らないまでになった。木枝に夏の葉が繁りに繁って』。見どころは「梢に夏の影」、なんとも麗しい言葉ではなかろうか。さり気ない表現だが人柄というものは案外こういう些末に滲み出る。
ところで和歌の月と言えば「秋のもの」と固定化していないだろうか? 確かに古今集ではその傾向が著しい。しかし考えてみてほしい、月なんてのは毎月決まってお目に掛かれるものだ。であるから今日の歌が採られた新古今集には春夏秋冬、折々の月が詠まれている。その詠み分けの腐心を、ぜひ鑑賞してみてほしい。
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