「思考」を捨てて「美」に降伏する。和歌を詠むたったひとつの理由
真宗の歌僧としての視座より。現代を生きる私たち凡夫へ、現代に和歌を詠む理由を諦かにする。 俗世という「二元論」の病理 まず直視せねばならぬのは、我々が生きる「俗世」の正体である。俗世とは、徹底した「二元論」が支配する独断...
真宗の歌僧としての視座より。現代を生きる私たち凡夫へ、現代に和歌を詠む理由を諦かにする。 俗世という「二元論」の病理 まず直視せねばならぬのは、我々が生きる「俗世」の正体である。俗世とは、徹底した「二元論」が支配する独断...
現代の木版画作品と、それらの作品から着想を得て令和和歌所の歌人たちが詠んだ和歌を色紙に書いた書道作品を合わせて展示いたします。昔から受け継がれてきた和歌の言葉・仮名書と木版画とのみやびな出逢いの世界をお楽しみください。 ...
「三夕」とは「新古今和歌集」の秋上、『秋夕』歌群のうち寂連・西行・定家(361・362・363)の三首を指す。 新古今和歌集 秋上より 357「おしなべて思ひしことのかすかずになほ色まさる秋の夕暮れ」(良経)358「暮れ...
令和和歌所は二条流を受け継ぎ、初代勅撰和歌集である古今和歌集を慕い、平明で温雅という和歌の王道を、新しい心で詠み継いでいます。 本書は月次歌会「あかね歌会」で詠まれたくさぐさの歌を、季ごとにまとめた季刊誌です。また「和歌...
去る令和七年十月十九日、上野桜木にて「秋の歌合」を開催しました。 ・題:九月尽夕、川霧・作者 左 攝津、片帆、三猿、虚白、閑遊、朱鷺、水石、川波、確幸、梅枝 右 海螢、先史、螺実、山翠、翔馬、澪標、そよかぜ、式、圓学法師...
― ことばでつながる、令和の座 ― 和歌は、風雅と美を追求する文芸。一首の中に宇宙を閉じ込め、言葉で心の極みを表す。それが和歌の世界です。一方、連歌は“座”の文芸。集まった人々が、その場で言葉を響かせ合い、即興で生まれる...
連歌は、数多くの決まりや専門用語を持ちながらも、本来は人と人が言葉で遊ぶ座の芸です。この章では、知っておくと連歌がぐっと面白くなる基本的な用語をまとめます。難解に見える言葉も、理解すればすべて“座の作法”。これを押さえれ...
連歌とは、前の句に対して新しい句を付けることで、世界を次々と転じていく詩の協働作業です。「付ける」とは単に続けることではなく、前句に寄り添いながら離れること――この微妙な距離感の中に連歌の美があります。 前句と付句は「響...
「連歌って難しそう」と思っていませんか?でも本来、連歌は知識よりも即興と遊び心の文芸です。ことばを響かせ合う中で、思いがけない発想が生まれ、それが連歌の最大の魅力なのです。 ここでは、初めての方でもすぐに始められるように...
連歌(れんが)は、ただの文芸ではありません。それは、言葉を交わす喜びのかたちです。ひとりが詠み、もうひとりが応じ、そこに偶然と必然が交錯して、新しい詩が生まれる。その歴史は、千年以上にわたり、日本人の感性とともに進化して...
私たちの祖先は、言葉で遊ぶことを知っていました。連歌(れんが)は、その最たるものです。 五七五と七七を交互に詠み継ぎ、幾人もの心がひとつの詩を生み出していく。それは、まるで音楽のセッションのような、言葉の即興芸術でした。...
初回打ち合わせを『11月22日(土)20時』よりオンラインにて開催します。詳細、参加申し込みは「しまっち」のWebサイトへ! 「しまっち」は、公益財団法人ふるさと島根定住財団が運営する、島根の地域団体と皆さまをつなぐポー...
言葉にできない想いも、甘い恋も、のろけも… すべて歌に変えてみませんか? 会場は徳川家康ゆかりの駿府城跡に広がる、四季折々の美しい日本庭園! 紅葉に彩られた茶室で、歴史と自然に包まれながら、恋のことの葉を響かせましょう♪...
多極化の時代と日本人の空洞化 Gゼロ(世界の多極化)の時代、日本は依拠してきた思想や価値観の拠り所を失いつつある。これまで日本人は、古くは中国、近代からは西洋そしてアメリカといった外来の大国に自らの価値の指針を求めてきた...