花さそふ名残を雲に吹きとめてしばしはにほへ春の山風(飛鳥井雅経)

飛鳥井雅経は百人一首では参議雅経の名で採られ歌道飛鳥井家の祖であるが、もしかしたら流蹴の達人としての方が知られているかもしれない。彼の妙技は後鳥羽院をも魅了し、「蹴鞠略記」という著書も残した。ちなみに蹴鞠だが、中大兄皇子...

素性法師 ~機知と皮肉、平安歌人のエスプリここに極まる!~

古今和歌集の代表歌人で好きな人を問えば、在原業平または凡河内躬恒、もしくは小野小町といった答えが返ってくるかと思います。かくいう私、もちろんダントツで貫之パイセンです。理知的と揶揄されますが、その裏に見え隠れするユーモア...

さくら散る木の下風は寒からで空にしられぬ雪ぞふりける(紀貫之)

かっこいいぜ貫之パイセン! 理知的と言われる貫之だが、その歌への表れは大きく2パターンに分かれる。ひとつが掛詞、縁語など修辞の駆使、もうひとつが対象を別のものに例える見立てであり、今回は後者が冴えわたっている。つい先日も...

木伝へばおのが羽風に散る花をたれにおほせてここら鳴くらむ(素性法師)

趣向に富んだ歌だ。『木から木へ伝う羽風によって散る花を、いったい誰のせいだと言ってあちこちで鳴いているのだろう?』。主語はうぐいす、花を散らすのは己自身、それを知らぬ鳥の哀れを詠んだ歌である。 詠み人は素性法師、彼は古今...

山ざくら千々に心の砕くるは散る花ごとにそふにやあるらん(大江匡房)

大江匡房は小倉百人一首で権中納言匡房の名で知られる。百人一首歌も桜※だが、趣向が平凡でまったく記憶に残らない。比べて今日の歌は面白い。『桜が散る。心が千々に砕けるほどつらいのは、散る花に心が寄り添っているからだろうか』と...

さくら花夢かうつつか白雲のたえてつれなき峰の春風(藤原家隆)

『桜の花が見えたのは夢か現実か。白雲の花は消えてしまった。峰には花を散らす春風が吹いている』。難解な新古今歌のなかでも特にそうであるような歌だ。詠み人の家隆は定家のライバルとして知られるが、どちらがより新古今歌的かと問わ...

さくら花ちりぬる風のなごりには水なき空に浪ぞたちける(紀貫之)

『桜の花が散った風の後には、水のない空に浪が立っているようだ』。適訳はこうだが少々説明を加える。まず花の色を見立てて「白浪」とする場合がある、これは桜の花が風に舞い散って白浪が立っているように見える、水なんてない空なのに...

花さそふ比良の山風ふきにけり漕ぎゆく舟のあと見ゆるまで(後鳥羽院宮内卿)

宮内卿はわずか20歳にして亡くなったと言われる夭折の歌人、残る歌も少ないがそれでも勅撰集に四十三首採られた名手だ。彼女の歌風は唯一無二といった感じで、独特の感性が際立っている。表現多彩な現代短歌と比較してしまえばさほどで...

【和歌マニア(第80回)】 「令和」の出展元(梅花の宴「序」)は極めて漢詩的発想だった!

ついに来たか和歌ブーム!? 今回は新元号「令和」の出展元となった梅花の宴「序」をご紹介します。初の国書由来とされているがその内容は極めて漢詩的!? 和歌を愛するうっちーならではの斬新な視点で令和に切り込みます!

万葉集のカオス! その特徴(歌風)と本当の魅力を実例で知る

先日万葉集の特徴をひとくくりに「玉石混交」と言いました。ようするにカオスなのです。 →関連記事「万葉集の代表歌、歌風、選者そして歴史をざっと知る!」 今回はこれを実例をもってご紹介しましょう。 読み終わった後、きっとあな...

→「令和歌合せ(卯月の会)」4/28(日)9:50~11:50