嘉の詠草

32
23
令和六年一月
初逢恋
初め見て走り抜けたかいかずちよ久しぶりかな一目惚れなど
嘉一郎

「初め見て走り抜けたかいかずちよ久しぶりかな一目惚れなど」

判者評:

77
23
令和五年十二月
不遇恋
御年になりてまことにおもひそむ恋なぞ何ぞあるうちなりけり
嘉一郎
この年になって心から思いはじめる、恋なんて何だ! あるうちがいいのだ。老いらくの恋の歌、しかしこれがやっかいで、人生のなかで最も深く思いはじめてしまった。この心はどうすればいいのだろうか、ほおっておくのがいいのか、忘れた方がいいのか? 作者はこういう、恋なんてのはその心があるうちが最も素晴らしいのだと。つまり老いらくの恋の全肯定である。とても力強い歌である。

「御年になりてまことにおもひそむ恋なぞ何ぞあるうちなりけり」

判者評:この年になって心から思いはじめる、恋なんて何だ! あるうちがいいのだ。老いらくの恋の歌、しかしこれがやっかいで、人生のなかで最も深く思いはじめてしまった。この心はどうすればいいのだろうか、ほおっておくのがいいのか、忘れた方がいいのか? 作者はこういう、恋なんてのはその心があるうちが最も素晴らしいのだと。つまり老いらくの恋の全肯定である。とても力強い歌である。

138
23
令和五年十一月
忍恋
あいかまえをのこはみんな真神なり慎みたまへとしごろなれば
嘉一郎
よくよく注意なさいませ、男はみんな「大神・狼」である。慎みなされ、もういい年なんだし。恋であるが俳諧味の強い歌である。上句は男の下心を女性に警告しているが、下句は女性と男性どちらに向けた言葉だろうか。

「あいかまえをのこはみんな真神なり慎みたまへとしごろなれば」

判者評:よくよく注意なさいませ、男はみんな「大神・狼」である。慎みなされ、もういい年なんだし。恋であるが俳諧味の強い歌である。上句は男の下心を女性に警告しているが、下句は女性と男性どちらに向けた言葉だろうか。

182
23
令和五年十月
初恋
街角に南風吹く冬の朝なにぞすごしきしょうし起くるか
嘉一郎

「街角に南風吹く冬の朝なにぞすごしきしょうし起くるか」

判者評:

183
23
令和五年十月
九月尽
天津空渡る雁がね見上ぐれば富士の高嶺に光る初雪
嘉一郎

「天津空渡る雁がね見上ぐれば富士の高嶺に光る初雪」

判者評:

203
23
令和五年九月
待恋
恋題合香を遊びて詠める
逢いて増し契りて悔み逢わずして待ちて恨みて恋はいろいろ
嘉一郎

「逢いて増し契りて悔み逢わずして待ちて恨みて恋はいろいろ」

判者評:

222
23
令和五年九月
寝間に洩る白くて細き月の糸ちと睡ぶたしきあさぼらけかな
嘉一郎

「寝間に洩る白くて細き月の糸ちと睡ぶたしきあさぼらけかな」

判者評:

240
23
令和五年八月
秋風
吹く風でオレンジ色の夜涼し閨にいらなし秋扇かな
嘉一郎
「オレンジ色の夜」とは夕暮れ空の色であろうか、秋風が涼しくもはや寝床には扇はいらない。「いらなし」ではなく「いらざる」もしくは「要(えう)なし」などとすべき。

「吹く風でオレンジ色の夜涼し閨にいらなし秋扇かな」

判者評:「オレンジ色の夜」とは夕暮れ空の色であろうか、秋風が涼しくもはや寝床には扇はいらない。「いらなし」ではなく「いらざる」もしくは「要(えう)なし」などとすべき。

256
23
令和五年七月
七夕
大河ドラマ篤姫に出てきた星合香を見て、詠める歌
牽牛の七夕の夜はどしゃ降りに織女に逢えず無念の涙
嘉一郎
七夕の夜が土砂降りで、天の川が見えずもしくは氾濫して渡ることができず織女にあることが出来ず、無念の涙にくれる。七夕伝説をギャグに仕立てたものだが、実は古典でも類がある「天の河 浅瀬しら浪 たどりつつ 渡りはてねば 明けぞしにける」。ところで「牽牛の七夕の夜は」では意味がとおらないので、「牽牛や七夕の夜はどしゃ降りで」としたい。

284
23
令和五年六月
菖蒲
明治神宮菖蒲苑の招待券を配りて、後日に詠める歌
神垣に艶な衣のあやめ草皆が行けたか我心懸く
嘉一郎
詞書に「明治神宮菖蒲苑の招待券を配りて、後日に詠める歌」とあり、作者お得意のユーモアである。「艶」は「えん」とも読むが「あで」だろう、「あやめ草」に音を掛けている。

「神垣に艶な衣のあやめ草皆が行けたか我心懸く」

判者評:詞書に「明治神宮菖蒲苑の招待券を配りて、後日に詠める歌」とあり、作者お得意のユーモアである。「艶」は「えん」とも読むが「あで」だろう、「あやめ草」に音を掛けている。

314
23
令和五年五月
躑躅
島津公爵邸にて詠める
入日射し緋色に燃ゆる花躑躅霧島山の焔に似たり
嘉一郎
夕陽に照らされた躑躅を霧島の炎に見立てた歌。詠み人のユーモアセンスが光る。「島津公爵邸」だからこその連想だと思うが、もしかしたら夕陽に照らされた躑躅は本当に、燃える火山のような激しい色をしていたのかもしれない。

338
23
令和五年四月
暮春
「旧島津公爵邸にて詠める」
春暮れてひらりひとひら島津山窓に映るは丸に十字よ
嘉一郎
旧島津公爵邸にて見た落花の情景、即興性があり面白い。「ひらりひとひら」は花の散るさまだろうが、これを明示したい。たとえば「島津山丸に十字の映りたる窓から見える花のひとひら」(※「丸に十字」と落花を合わせた)

「春暮れてひらりひとひら島津山窓に映るは丸に十字よ」

判者評:旧島津公爵邸にて見た落花の情景、即興性があり面白い。「ひらりひとひら」は花の散るさまだろうが、これを明示したい。たとえば「島津山丸に十字の映りたる窓から見える花のひとひら」(※「丸に十字」と落花を合わせた)