和男の詠草

26
19
令和六年一月
羇旅
串柿の里の景をよめる
山里を染むるは柿の玉すだれ秋をあらそふ錦なりけり
山翠

27
19
令和六年一月
初逢恋
双葉よりあひみむことを思へれば今朝はうれしき涙なりけり
山翠
双葉から、あなたとあふことを思っていたら、(逢瀬を遂げた)今朝はうれし涙がながれてきた。双葉は「双葉葵(あふひ)」からの連想か、上の句と下の句の関連が弱く一首をとおした内容の理解が難しい、また「思へれば」は声調に難あり。たとえば「思ひやれ双葉あふひをひきむすび今ぞかぎりと思ふ我が身を」

78
19
令和五年十二月
不遇恋
涙のみ身を知る袖の村雨の逢はぬ日数をかぞへてぞ降る
山翠
涙のみが我が身を知らしめてくれる。涙の村雨が逢えない日数を数えながら降っている。こちらは「身を知る雨」ならぬ「身を知る袖」であるが、先ほどの「身を知る野辺」と比べれば同意の範囲だろう。涙で濡れた袖のありさまによって我が身を知るということは分かるが、一首全体を眺めると不明瞭は否めない。「涙」とあり「村雨」とあり袖を濡らすものが二つある、また下の句「村雨が逢わない日数を数えて降る」とはどいういうことか。混乱の原因は主語だろう、「われ」と「村雨」の主語をひとつにして、一首の趣旨を簡素にまとめる必要がある。例えば「逢へぬ日をかぞへて降れる村雨に身を知る袖は濡れにぞ濡れし」。場合によっては「身を知る〇〇」へのこだわりを捨ててもいいだろう。

「涙のみ身を知る袖の村雨の逢はぬ日数をかぞへてぞ降る」

判者評:涙のみが我が身を知らしめてくれる。涙の村雨が逢えない日数を数えながら降っている。こちらは「身を知る雨」ならぬ「身を知る袖」であるが、先ほどの「身を知る野辺」と比べれば同意の範囲だろう。涙で濡れた袖のありさまによって我が身を知るということは分かるが、一首全体を眺めると不明瞭は否めない。「涙」とあり「村雨」とあり袖を濡らすものが二つある、また下の句「村雨が逢わない日数を数えて降る」とはどいういうことか。混乱の原因は主語だろう、「われ」と「村雨」の主語をひとつにして、一首の趣旨を簡素にまとめる必要がある。例えば「逢へぬ日をかぞへて降れる村雨に身を知る袖は濡れにぞ濡れし」。場合によっては「身を知る〇〇」へのこだわりを捨ててもいいだろう。

143
19
令和五年十一月
忍恋
月にすむ桂のごとき君みれば身を知る雨のみかさまされり
山翠
月にある桂の木のようなあなたを見れば、身を知る雨の嵩がますばかりである。月の桂の木の「君」は、美しくそして手の届かない女性を喩えるのだろう。「身を知る雨」は我が身の不遇をたとえていう。よって叶わぬ恋をしたばかりに、悲嘆の涙で溢れるということだろうか。ただ「身を知る雨」は相手のつれなさによって降るので、この歌では使い方に若干の違和感がある。

「月にすむ桂のごとき君みれば身を知る雨のみかさまされり」

判者評:月にある桂の木のようなあなたを見れば、身を知る雨の嵩がますばかりである。月の桂の木の「君」は、美しくそして手の届かない女性を喩えるのだろう。「身を知る雨」は我が身の不遇をたとえていう。よって叶わぬ恋をしたばかりに、悲嘆の涙で溢れるということだろうか。ただ「身を知る雨」は相手のつれなさによって降るので、この歌では使い方に若干の違和感がある。

181
19
令和五年十月
初恋
しるべなき道とはかねてききしかど思ひ初めにき夢の浮橋
山翠
案内のない道とは聞いていたが、思い始めてしまった、夢の浮橋を。恋の行方を「夢の浮橋」にたとえた余情深い歌。ただ「夢の浮橋」に頼りすぎている感もあるし、おそらく単純には意味がとおらない。ここは素直に下句を「心さだめて恋ぞわたらむ」とか。(道とわたるは縁語)

「しるべなき道とはかねてききしかど思ひ初めにき夢の浮橋」

判者評:案内のない道とは聞いていたが、思い始めてしまった、夢の浮橋を。恋の行方を「夢の浮橋」にたとえた余情深い歌。ただ「夢の浮橋」に頼りすぎている感もあるし、おそらく単純には意味がとおらない。ここは素直に下句を「心さだめて恋ぞわたらむ」とか。(道とわたるは縁語)

202
19
令和五年九月
待恋
うつせみの羽におく露は待つ秋に人を見ぬ目の涙なりけり
山翠

「うつせみの羽におく露は待つ秋に人を見ぬ目の涙なりけり」

判者評:

221
19
令和五年九月
なき人の影すみはてぬ宿のそら仰げば照らす秋の夜の月
山翠

「なき人の影すみはてぬ宿のそら仰げば照らす秋の夜の月」

判者評:

229
19
令和五年八月
ひぐらし
ひぐらしと呼べども秋のうつつには朝な夕なに限りてぞ鳴く
山翠
「日暮(ヒグラシ)」と呼んでいるけれども、秋の現実には朝夕に限って鳴いている。「日暮」(一日中)という名でありながら、しかし現実的には朝夕の限られた時間帯にしか鳴かない、という名を所以とした俳諧歌。

「ひぐらしと呼べども秋のうつつには朝な夕なに限りてぞ鳴く」

判者評:「日暮(ヒグラシ)」と呼んでいるけれども、秋の現実には朝夕に限って鳴いている。「日暮」(一日中)という名でありながら、しかし現実的には朝夕の限られた時間帯にしか鳴かない、という名を所以とした俳諧歌。

270
19
令和五年七月
日光二荒山神社 神橋(しんきょう)を訪ねて
神のます山下とよみ行く水のみはしによりて道ぞひらける
山翠
神祇の歌。蛇王権現(だおうごんげん)の座す豊かな川は、そのお作りになった端によって道が開かれた、日光の有名な神橋(しんきょう)の所以が詠まれている。上句と下句の接続が不安定、「神のます山下とよみ行く川は」とする。その上で「みはしによりて道ぞひらける」となるが、結句が「ぞ」があるため「道ぞひらけるる」となるので「開(あ)かるる」として、「神のます山下とよみ行く川はみはしによりて道ぞ開(あ)かるる」と直す。

290
19
令和五年六月
ひととせの思ひによせてあくがるる蛍はなどて闇に恋ふらむ
山翠
一年の思いに心をよせて魂が抜け出るような心地の、蛍はなぜ闇を恋するのだろう。わかるようで難しい歌である。思ひを寄せるのは、魂が抜け出るのは蛍か、詠歌主体か、闇は何かの暗喩か、もしかすると魂がそのまま蛍なのか、不明瞭な構成である。単純に結句に結論を求めるならば、「ひととせを土の下にぞくらしけるさても蛍は闇を恋ふらむ」

309
19
令和五年五月
昭和の日
昭和の日、国営昭和記念公園を訪ねて
寿ぎの日に青嵐吹き騒ぐしのぶよすがはすめろぎの蔭
山翠
『青嵐』は青葉のころに吹くやや強い風、せいらん。想いしのぶ頼りはすめろぎ(天皇)の蔭だけであるよ。『国営昭和記念公園』は昭和天皇在位50年を記念して造られた国営公園、吹き騒ぐ青嵐とは世間の喧騒であろうか。そんな中、作者はひとり昭和天皇の影を慕ってその御代を偲んでいる。天皇への信仰心を強く感じさせる歌である。

「寿ぎの日に青嵐吹き騒ぐしのぶよすがはすめろぎの蔭」

判者評:『青嵐』は青葉のころに吹くやや強い風、せいらん。想いしのぶ頼りはすめろぎ(天皇)の蔭だけであるよ。『国営昭和記念公園』は昭和天皇在位50年を記念して造られた国営公園、吹き騒ぐ青嵐とは世間の喧騒であろうか。そんな中、作者はひとり昭和天皇の影を慕ってその御代を偲んでいる。天皇への信仰心を強く感じさせる歌である。

316
19
令和五年五月
花橘
橘樹神社(タチバナ神社)をたずねて
身に代えて君をささへし橘の花咲く庭に媛のおもかげ
山翠
和歌で「橘」といえば先の「五月待つ」が常套でいわば神格化されているわけだが、それ以前にも「橘」に由来する物語があることを学んだ。「代えて」は「代へて」、内容など直すところがないが、あえていうならば「庭」では少々野暮なので「杜」としてはどうか。

335
19
令和五年四月
雑春
「母の法要にて」
我が庭に咲く桃の花ほととぎす鳴く音な添へそ母の形見に
山翠
お母さまの法要の時期に咲く桃の花に合わせるように、ほととぎすよ鳴いてくれるな、という哀切の一首。「ほととぎす」の声には多様な意味がある、「夏を知る」など知られるが、ここでは山路の案内人として、思慕を掻き立てる声として詠まれている。難は「桃の花」は初春、「ほととぎす」は夏の景で、晩春という題には沿っていない

「我が庭に咲く桃の花ほととぎす鳴く音な添へそ母の形見に」

判者評:お母さまの法要の時期に咲く桃の花に合わせるように、ほととぎすよ鳴いてくれるな、という哀切の一首。「ほととぎす」の声には多様な意味がある、「夏を知る」など知られるが、ここでは山路の案内人として、思慕を掻き立てる声として詠まれている。難は「桃の花」は初春、「ほととぎす」は夏の景で、晩春という題には沿っていない